2024年1月31日水曜日

大事件

 昨日は 人生で始めての 大パニック!

ベランダにでて タオルを干そうとして 出た所 ドアがオートロックで 閉まってしまった。 どんなに開けようとしても テコでも動かん! 瞬間 血の気が引く。 ここは 8階のベランダ。 下を見下ろすと 奈落の底・・ だから 絶対下は 見ないようにして ベランダにでていた。

血の気が引いたはいいが・・ さて! どうするか? ここで 何もしなければ 永久に救出してくれる人はいない・・。

ありったけの声で叫ぶ。 向かいのビルの窓に向かって。 喉が空気乾燥でやられて・・激痛をしていた毎日・・挙げ句に 全然声がでなっていた・・。 なのに・・! ベランダで 救助の声を張り上げなければならない・・。

地獄とはこの事・・。

だが この地獄は 思ったよりも ずっと 大変で 午後1時 炎天下の時間から 午後7時まで続くのだ・・。

向かいのビルの窓は 酷暑で ほとんどの人が 白いシャッターの様な物を下げて 日光を遮断している。 それでも 私は 命乞いの声を叫ぶ。 かすれ声なので なんか 首を閉められているような 音で・・ へぇ〜〜〜〜〜るぷ!!! へぇ〜〜〜〜るぷ!!! を連呼。 

Anybody can hear me~~!! Heeeeeelp~~!! を 連呼・・。 もう 私の命が助かるのは これしか方法はないのだ。 

諦めては 自分をふるい立たせ を 繰り返し・・泣きたくなる気持ちを 自分をふるい立たせ・・。 そうこうしていたら やっと 誰かの声がした。

誰が声をかけてくれているのか 全然 わからず キョロキョロしていたら 「Look up!]の声に上を見ると・・ 若いカップルが 流暢な英語で話しかけてくれた・・。

一瞬 たすかった〜!! と 心は小躍り。 事情を話すと あなたの部屋の階は? 部屋番号は? 部屋の開ける 暗証番号は? と 訊いてくれるので ゆっくり と 正確に 伝達する。 声がかすれているのと・・ 彼女のビルの場所が 私より ずっと高いのとで 伝わり難かったが 彼女の辛抱強さと 賢さで 正確に伝達。

彼女はそのままで 彼女の彼氏が 私の部屋まで来て トライしたが まったくもって開かないと言う。 そのときは なぜ!? と 思ったが・・ 後でわかった・・。 つまり 暗証番号での鍵解除の他に 内側からは 別の鍵をロックする事ができて・・・それがロック状態だったからだ・・。

チェックインする時に securityの為に 自分の部屋に入ったら この別のロックも中から必ずしなさいと言われていたので・・ それも ロックがかかっていた。 自分が外から 自室に入る時は 暗証番号だけで 開けられるのだけれど・・。

そうこうしていたら その彼女は 私の真前にある窓、 つまり 白いシャッターが降りてて 開いた事のなかった 窓を開けて 私との会話をしてくれたのだった。

彼女は その私のベランダの真前のアパートの住人の人に頼んで そこに侵入して来てくれたのだった。 その住人は おばちゃんで とても優しく・・ まったく英語ができなくて ごめんね〜・・。 と いいつつ・・ いちいち 自分のスペイン語を スマホの翻訳機で英語に直して 読み上げてくれた。

その言葉が 大丈夫よ! 大丈夫よ! 気を落ち着けて・・ みんなが 絶対あなたを助けてあげるからね〜・・。 今 あの彼女は ビルの管理人に 頼んで あなたのアパートの持ち主と連絡を取っているから・・。

と 随時 状況を 私に実況報告をしてくれた。

そうこうしている内に もう 1時間以上も経っている。 なかなか ビルの管理人が私に部屋を貸したアパートの持ち主と連絡が取れず・・ アパートの持ち主が やって来て ドアを開けられるからね・・ と私に伝えたのは もう 3時間ぐらいは 経っていただろうか・・。

その前に 私を助けようとしてくれてるカップルも 真向かいのおばちゃんも 時々私に声をかけてくれて・・ 大丈夫よ! と何回も言ってくれた。

真上の階のカップルが 突然 私に何か スペイン語で 捲し立てるので・・ 私は スペイン語がわからん・・ 英語ならわかるけど・・ と言うと・・ お〜 ! わかった! わかった! 大丈夫! 大丈夫と言うサインをしてくれた。

と 思ったら ホウキの柄に紐をつけ その紐の先に 水の入った ペットボトルが結んであった。 静かに・・ペットボトルが 私が背伸びした手に届き・・ 紐をほどく・・。

それを見ていた カップルも おばちゃんも みんなで 「はよ〜! 水飲め! 水飲め!」と言ってくれた。 冷たい水は旨かった! 

そのペットボトルは 500ml入りで けっこうの量があった・・しかし 炎天下での 6時間後には 空になっていた・・。

それからが長かった・・。 アパートのオーナーが来たのはいいが・・ 鍵を開けるすぺが無いらしく・・ つまり 中からしかロックできない鍵は 絶対に外からは 侵入できないとの事。 

けっこう絶望的な状況・・ 喉がやられているから 喘息もでて来るし・・ 熱中症の軽いのになったのか・・・ 眩暈はするし・・頭痛はするし・・。 もう ベランダに座り込んで・・ 立つこともできない。

精神力と言うのは こういうときに発揮されるのかな・・。 と ぼんやりと考える。 石川県沖の大地震で瓦礫に埋もれて救助された人もう こうやって 救助を待っていたのかな〜・・。 72時間以上になると 生存の希望はなくなるとか 言ってたけど・・ 私なんか まだ 数時間ではないか・・。

100時間過ぎても 生存して救助された お年寄りがいたではないか・・。 私だって・・できないハズはない・・。

体にも気力が無くなってくると・・ 急速に気も弱くなる・・。 そうなると じたばたする気力もなくなるのを体験。 大分前読んだ事実にあった小説‘‘コンセント”と言うのを思い出す。

床に横たわった弟は まるで コンセントを抜いて 電気が切れた様に ただそのまま 横たわったまま 自分を放置して死んだと言うのを書いた物だった。

コンセントを抜いて電気が流れなくなった様に  気力のないまま 自分を放置する・・ と言うのが その時 よくわかった。 横になると 楽だし・・ ジタバタの気力も無い・・。 人間 そんな風になるんだ・・と思った。

そんなこんなの状態で 4時間ぐらい経っただろうか・・。

突然 最初は 部屋全体が どぉ〜ん!! と 揺さぶられるぐらいのデカイ打ち付ける音が 何回もしていた・・。 遂に  ドアをぶち破ろうとしているらしい。 

その時点で 私は ふらつきながら 立ち上がった・・。 人間 横になると 気も落ちるが 立ち上がると 突然 生きる体制に反転するのだ。 自分でも その反転ぶりに驚く。 やっと このベランダから 救助される! と言う希望からかもしれないが・・。

分厚いドアは びくともしない・・。 多分そうだろうと私は思った。その内 どぉ〜ん! と言う音は止み・・ 又 静けさが戻った。

ドアをどうにか 開けようとしているのは 解るのだが・・ あのがんじがらめのドアを そう簡単に開けられるとは 思えない。 

個人のアパートなので・・ 合鍵は存在しないらしい・・。 そうこうしていたら・・ 今度は 金を切る様な電動のこの音がする。

しかし それも ちょっとしては止み・・ それから なが〜い時間が 経ち・・又 電動のこ・・。これが 又 2時間ぐらい経っただろうか・・? 

もう 半分 諦めか買った頃 夜に差し掛かった頃 やっと 私は ベランダから 救出された。 その頃は もう あのカップルの窓にも姿はなく・・ おばちゃんの窓もしっかりと シャッターは閉められていた。 それは そうだろう・・ みんな 夕食の準備だの 彼らの生活があるのだから・・。

でも 私は どうしても あのカップルとおばちゃんには お礼が言いたくて・・ このアパートのオーナーから ビルの管理人の人を捕まえて・・カップルの人の電話番号をゲット!

今日になって やっと カップルと電話で会話。 私が感謝の気持ちを伝えると・・ 彼らは 「いやいや あなたの Spiritは すごいです。 ジタバタせず 常にCalmで 辛抱強くて・・ それに 私たちは感動したのよ・・ 救助にあんなに時間がかかってしまって・・本当に申し訳なかったわ・・ でも あなたの 辛抱強さには 感謝・・ そして 感動して 二人で泣いてしまった・・。」と・・。

私も 電話で話してて・・ もう 涙・・涙・・。

2024年1月30日火曜日

血の通う踊り

Milongaは 色んな所がある。 大きく二つに分けて・・観光客相手のMilonga と 地元の人専門のMilongaが ある。 

観光客相手のMilongaは 高い! USドルで全てが清算される所もある。 つまり 日々インフレで 現地の通過では 値段が設定できないし・・ USドルなら 観光客にとっても便利だし・・・ 地元の“タンゴ産業”のやからにとっても 大きなお金なのだ。

USドルで設定されているのは Milongaも レッスンも 宿も ありとあらゆる物が 現地通貨でなかったりもする。 

私はニュージーランドにいる時に 色んな事をネットから もしくは すでに ブエノスアイレス生活をしたやからから 情報をゲットした。

ブエノスアイレス生活をした人たちは ほとんど その 観光客相手の場所でしか タンゴ体験をしていない。 つまり 大枚をはたいての タンゴ体験なのだ。 

現地の人も親切だし・・ 必死に色んなサービスをしてくれる。 よって なんの苦労もなく 金の力で 全てが 面白 おかしく 遂行されるのだ。

そして 私が ブエノスアイレスに行くと言うと・・経験者は 異口同音に あそこに行け ここに行け いい所を紹介してあげる・・ と言う。英語が通じるし・・ すべて 英語でレッスンもしてくれるよ! と・・。

結局 それを 一切避けて 私はここにやって来た。金が惜しい訳ではない・・。 つまり 本当の血の通った人間と踊りたいし・・血を通わせたいのだ。

あまり 観光客が集まらない タンゴ関係の所を狙って動いている。

良かったと思うのは 普通 大枚をはたいて雇う タクシーダンサーと言うやからが 必ず 引っ掛かって来る。 Milongaでは 私みたいな アジア人は 全然 見当たらない・・。

Milongaに行くと 一目みて 私は タンゴお上りさんと解る。 んでもって ・・ お〜 カモが来た! とばかりに寄って来て・・ デパ地下の試食の様に 私を誘って無料のダンスをばらまく・・。

美味しい物を 取り合えずちらつかせて・・ そこから 金儲けをしようと言う魂胆が見えて取れる。 最初は ただで タクシーダンサーと 踊れて ラッキー! と思ったが・・。

それが みえみえになって来た今・・ そう楽しい訳ではない。 昨夜も 夢の様なダンサーが踊って・・・ 「あんた タクシーダンサーだべ?」と言うと 最初は友達的な態度だったのが・・ ばれたか〜 と 言う態度。 それでも 無料試食は 効き目がある! 信じている態度。

その後 チリから タンゴを習いに来た人に誘われて・・ 本当に初心者的な踊りだったが・・ こっちの方が ずっと楽しかった・・。 ほんの少ししか彼は英語ができなかったが・・ 「僕もこのMilonga最初だし・・誰もしらないんだよ」と言ってた。

最初は まったくニコッもせず まったく目もあわさず とりつく島のない様子で・・。 あぁ〜 なんか 冷たい出会いだぁ〜と諦めかかってたけど・・3曲目ぐらいになったら オチャメに ちょっと大胆なステップを出して来て 二人で大笑いして 1タンダを終えた。

やっぱ 金儲けで近づくやからとの踊りはおもろくない。 夢の様な踊りにはなるが・・ そんなの 私のニュージーランドの先生といくらでも経験があるから・・全然おもろくない。

自分でも驚くが・・ダンスがうまけりゃ〜 楽しい・・と言う事は一切ないのに気づく。 タンゴ界では 上手い人とのダンスしか興味がないと言うのが大前提。 

しかし 私にとっては 血の通わないダンス程 面白くないものはない・・ と 強烈に感じる・・今日この頃。

こんな自分を発見した事は 自分で自分に驚いてしまった。はて さて これからの 私のブエノスアイレス生活は どう展開していくのだろうか・・?

2024年1月28日日曜日

私の理想タイプ

 本当にアルゼンチンタンゴと言う物は 考えさせられる。 それぞれの人に人生哲学があるように・・ タンゴにも哲学がある。 そう気づいて踊っている人はまずいないだろう・・。

だが 自分でやってみて そう思わずにはいられない。 タンゴの踊りにたいして 哲学的に信じて疑っていないから・・・ いや 宗教的に信じて疑っていないから と言った方がいいかも・・ 信念は一切変えないし 変えられない・・ 相当頑固に染み付いている。

そして その信念には 何派にも分かれる。私が思うに大きく分けて四つの派があるかも?

A タイプ 始めたばかり もしくは レベルがさっぱり上がらない人

こういう人はかなり少ない。 つまり タンゴを始めると全員 このAタイプにまずなって・・ 1週間 もしくは 2週間後には辞めてしまう。 そこから 這い上がる人は 100人に一人 いや もっといないかも? つまり 初心者には タンゴ連中は 絶対に鼻も引っかけないからだ。

又 なん十年も前からタンゴをしてても すぐいやになって辞めて・・又 思い出した頃始めるやからもいる・・。

B タイプ 一般的な人

ある一定のレベルに達すると 自己肯定が強く つまり 自分は相当上手いと信じて疑わず・・ なん十年もそのままで 踊り続ける。 レベルは ごく一般的レベル。 こういう人がほとんどであり・・ それは タンゴを初めて 数ヵ月頃から後はなん十年経とうとレベルも 向上心も 動かない。 自分より 上手い人としか踊れないし・・踊りたくない。いかに上手い人をゲットして Milongaで踊るかが 勝負となる。端からみて 上手いとは一切思えないダンス。

 C タイプ 

端からみて上手いと思える。 だが 人として好ましいと思える人はほぼこのタイプにはいない。

普通レベルよりも ちょっと上のレベル。 このレベルの人は 先生になれるかも? もしくはなれる! と信じる。 実際に人に教える人も多い。 そして 先生レベルの人としか踊らない。 普通と呼ばれる人とは 絶対に踊りたくない。 理由としては まず おもろくない。 相当のレベルの人と踊らない限り もう拷問的に辛い。 そう言うヤカラには 間違っても誘ってはいけない。 鼻であしらわれる。

上手くない人と踊ったら 足をくじいたりと 危険であると信じて絶対に近寄らない。 完全仲間を作り その上手い仲間とだけしか踊らないから Milongaに行くときは 誘い合わせて行く。

そして タンゴ社会を作り 人をまとめたり 指導したがるやから・・。 そして 授業料の為なら 誰とでも踊るし・・どんな事でもガンガンやる。

D タイプ  人間的に好きなら どんなレベルの人とでも踊れる技を持ち 楽しく踊れるやから。

ほぼこのタイプはいない。 相当少ないので 発見したら感動的に嬉しい。 私の先生がこのタイプ。 つまり 踊りのレベルは トンでもなく上手い人 が多い。 先生業をしたら 相当簡単に儲かるが それは一切しない。人間的に好ましくない人には近づきたくないから・・。

そこまで 上手くなくても タンゴをこよなく愛して・・タンゴの真髄を知り尽くしているやからかも このDタイプにいる。 つまり 踊りにたいして いや 人生の生き方にしても全ては肯定的に動く哲学の持ち主。

つまり タンゴを愛するが故に 人間を愛するやからを見据える技を身に付けている。Dタイプの人間の回りには このタイプが集まって来るかも?

私の理想は このDタイプなのだ・・。

2024年1月27日土曜日

平和だぁ〜

素手で抱っこして そのまま地下鉄にわんちゃんも乗せてるし....
このわんちゃんだけではなく 他にも同じように一緒に乗せてるのを見たし。

誰も何も言わないし.....
わんちゃん リラックスしまくってるし....
平和だぁ〜。

 

デッカイMilongaも楽勝!

  タンゴに飢えて来たので 今夜は 本格的な場所に突入!夕方 6時頃から 始まって 朝の2時まで開催。 常に250人ぐらいはいる。 大騒ぎ! 満員電車並みに混雑して踊る。

ブエノスアイレスでは そう言う環境で踊るのは当たり前。 よって そう言う所で いかに 自分の踊るスペースを確保して いかに優雅に踊るかが テクニックの一つになる。

ダンスをリードする人の力量が大きく左右して来る。 一回 ニュージーランドのWellingtonでの 大きなMilongaで 私の先生がリードしてくれた時・・ ビュンビュンと スペースを 他の人からぶんどって踊る技がすごかった!

回りの人たちが 避けてしまうくらいのスピードなので あんたが去った後には 風ができてるよ〜! と言った人がいた。 そう! リードの上手い人は スペースを取るのも上手いのだ。これはタンゴではかなり肝心な技になる。

ってことで 今夜のMilonga 250人となると わっせ わっせの雰囲気で・・ 私のテーブルに一緒にいた カナダから来たおばちゃん 文句タラタラ! こんなんじゃ〜 踊れるはずないわ〜! と 完全ネガティブ。 私はネガティブな人間からは 離れる事にしてる・・。

ってことで キチンと案内された 私の席から 離れて 私は獲物をゲットする作戦。 最初からカベセオでは絶対獲物はゲット出来ない。 「おどるべ!」と 誰でもいいので 促す。 100% おっけ〜なのだ。 後は 黙ってても 次から 次へと 男が よって来て 誘うのだ。

みんな見てる・・ シッカリ見てて あいつと踊ろうと思ったら すかさず 誘いに来るのだ。 だから 取り合えず 誰かと踊らないと 何も始まらない。

こんなにデカイ有名なMilongaでも 全然楽勝なのには ちょっと拍子抜け。 もぉ〜! 誰でもかれでも ブエノスアイレスでは 絶対に誘われないから 覚悟しとけ! と言ってたけど・・まっかな嘘!

たまたま横の席にいた 男がドイツ人で 一人で ブエノスアイレスに来て 一人でMilongaに来たけど・・ 全然おもろくないし・・ ブエノスアイレスは嫌いだ・・。 と愚痴ってた。 

さっきのカナダ人のオバサンと一緒で こんなに混雑してる所で踊れる訳ないし・・だれも英語がしゃべれないし・・。 もううんざりだよ〜・・。 と言う。 こういうやから は 私に毒をばらまいてる訳だから さっさと 離れる。

次から 次へと 誘いに来る男達は 全員 アルゼンチン人で ほとんど英語がしゃべれない・・ 私もほとんどスペイン語話せません・・。 でも ほんの一言 二言だけでも 通じれば 嬉しいし・・ 沢山笑った。

踊りも ニュージーランドの私の先生が 特訓してくれて事が ものすごく役に立っている。 つまり 一人一人 ものすごく 個性が強くて・・と言うか アクが強い。 これを アクが強くて どうしようもないと取った時に タンゴの楽しみは終わる。

アクが強い イコール個性が強い訳で・・それを どう相手して どうお互いが楽しむか! と言うのが タンゴの醍醐味と言っても過言ではないだろう。

個性が強すぎて・・ それが悪い方向に行きやすい・・ そんな時は 自分のダンスをかっこたる物にして 悪影響されて 自分の踊りのバランスを崩さない様にする。 これが 技であり コツである。

そして 音楽でパートナーダンスの二人が 融合して踊りにする。 つまり 音楽で 相手にも 自分からFeed する。 ただ単に 悪影響されて 自分がダメになるのではなく 自分は自分の確固たる動きを遂行しつつ 相手にも Feedする。 そのFeedを相手が 受け取ってくれると 二人のダンスは 数倍のダイナミックな踊りになるのだ。

その特訓を 先生は ここ一年 私に特訓してくれていた。 そして クライストチャーチでは みんなおとなしい・・ つまり アクのない・・ そして 個性のない人が多い。

でも ここでは 個性がバリバリ! きたぞ! きたぞ! そ感じつつ 先生の私に常に投げ掛けてくれた言葉を 思い出す。 そして それが 実践できて・・・ とても 嬉しい。

踊った人 全員が 楽しかった! 踊り上手いね! と言ってくれる。 名刺をくれた人もいた。 他のMilongaに行く時 言ってね〜・・と。 

人生と全く同じで・・ みんな個性があるわけで・・ それが 悪いとなれば もう何も始まらない。 全てを肯定して お互いが Feedしあえば お互いが何倍も楽しむ事ができるのだ。

2時間半 引っ切り無しで踊ったら 疲れて もういいかな・・となってしまった。 最初は最後の午前2時までいたいな〜 と思ったけど・・。 やっぱ 72歳には 無理っぽい。

深夜タクシーには気をつけろ! 観光客となると・・変な所に連れてかれて・・ぼったくられるから・・。 最悪変な所に連れてかれて身ぐるみ剥がされるから・・ ってな事も沢山聞いていた。 

が・・ 全然 違った・・運転手の人もタンゴをする人で・・ 外の色んなMilongaの場所の説明なんぞもしてくれた。 

私の宿について 私が料金を払おうとすると・・ ちょっと高いな〜 やっぱ 深夜だからかなぁ〜と思って 札を数えていたら・・ 一桁違ってた。

運転手さんが 違う 違う・・ これでいいんだよ! と 私が渡そうとした札束から 数枚だけ取った・・。 3500円ぐらいだとばっかり思ってたら・・ 350円だった。 

病み上がりの外出

 いかん いかん・・ 完全に病んだ状態!

パナドール(ニュージーランドでは 医者が処方するのは99%これ。 つまり ただの弱い解熱剤というか痛み止めと言うか・・ 取り合えず ぐあいが悪けりゃこれのんどけ!のノリ)をのんで・・ ずっと ベッドの上で グダグダ。

パナドールが効いてる間は ちょっと気分が良くて シャワーする気が出る。 ちょっとなんか食ってみるか・・って言う気もでる。 だが 痛み止めをのむと てきめん胃をやられる私は 今度は 胃酸過多で 異が空っぽになると 七転八倒で痛む。 慌てて 胃酸中和剤を口に入れる。

もう パナドールもやめて どうにか 外に出てみる。 やっぱ シャバの空気は うめぇ〜な〜・・。 アルゼンチンの現金が無くなって来たので 両替所に行く。 すぐ傍なので・・ 具合いが悪くなったら ロープ! ロープ! ってぐあいに すぐ 自分のベッドに戻れる。

しかし・・ 外の空気は 人間を生き返らせる・・。

そよ風が心地よく・・やっぱ 回りは クライストチャーチの雰囲気は微塵もなく・・ 南米っぽいなぁ〜 と思いつつ歩く。

気分がいいので 近くの公園まで 足を伸ばす。 横にながぁ〜く延びた枝を 銅像が担いでいるのだ・・。

歴史のある公園の木はでかい!

何気に入った教会。 すごく立派!
やっぱ カトリックの強いスペイン系であるのが うかがえる。

長い事 水と果物と クラッカーだけ・・で生き延びて来たので なんか まともなもん食わねば! と その辺の食堂に入る。
消化の良さそうな ニョッキにする。ポテトと粉とが混ざった柔らかいニョッキは舌触りが良く・・ 旨かった! ミンチのソースの味もいい感じ!

食堂で 私の目の前に座っていた老女・・。
彼女は 後ろ姿は そうでもないけど・・フト振り返った時の顔は シワクチャで 80才? とも思えた。
でも 高級そうではないけど・・・ キッチリとした身なりは おぉ〜!! 学ぶとこあり。
どんなに歳を重ねても なんか威厳のある服装にも見える。

私は窓際で座って 外とか見ていたが・・・ 髪の毛バサバサ 見にくくブヨブヨと太って・・だらしなく歩いている中年や 老年のばば〜を見ると・・
おぉ〜 イカン イカン 絶対に あ〜なっちゃ〜 イカンのだ! 
と 自分に言い聞かせるのだった・・。


2024年1月26日金曜日

The Showshank Redemption

 ブエノスアイレスへ向かう飛行機のなかで 久しぶりに・・ と The Shawshank Redemptionを観た。 ブエノスアイレスの空港に映画が終わる前に到着してしまって ちゃんと観れなかったのが 残念!

だが 又あの映画で発見した事がある。 一番先に心に強く残ったのが・・Andyが Hopeさえあれば なんでも 克服できるさ! といいきった時に Morgan Freemanが Hopeほど危険な物はない・・とまっこうから 反対する。

一番の同士となった二人が 正反対の哲学を持ち 二人は それで反発しあう。 最後は Hopeが勝ち 二人ともが幸せになるのだが・・。 

以来 私は なにがあっても どんな絶望的な事が起きても Hopeさえもっていれば 生きていけると言う自信がついた。 それだけでも あの映画は そうとうなる影響力を 私の人生に与えた。

で・・今回も又 あの映画を観ていて・・何となく観てても 強烈に私の心に突き刺さった言葉は 

“手に触れられない物は 完全に自分の物であれ 他の誰もそれを奪う事はできない”と言う言葉だ。 つまり Hopeは 生きる力を与えると 最初映画を観た時に 得た言葉だが それを 又 上書きする力のある言葉・・ つまり Hopeは 他の誰をも自分から奪う事はできない。

手に触れられない物は 他の誰をも奪う事はできないの言葉は強烈過ぎる。 踊っている時に自分だけ感じる トランス状態の高揚をも 自分だけの物だし・・ 考えると いくらでもある。長年の間に身につけた 自分独特の力もそうだし・・。

そんな事を考えると 嬉しくなってしまう。

そして もう一つ 忘れられない言葉を Morgan Freemanは あの映画で言っている。 あのイタリアの女性の歌手の歌声がShowshankの空の下に響き渡る・・Andyが レコードをかけて 刑務所内のありとあらゆる所に流し続ける。

Andyは 警備員やら 所長やらが その放送を阻止しようとするが 無視して ましてや ボリュームを最大限にして 流し続ける・・。

それを聴く 全ての囚人の心は 一人残らず 魂が空の上に引き上げられ 全員が もう囚人ではなく 完全なる自由人としての心を味わうのだ。その場面には 私の魂までも 引き上げられ 心が震える程高揚して 涙してしまった。

あんなにも 美しく清々しい気持ちになれたのも 久しぶりの経験だった。

ふと思ったのだが あの映画のなかで Andyと他の囚人達が 刑務所に到着したばかりに 所長の挨拶がある・・。 で最後に 質問はあるか? と 囚人達に言うと 一人の囚人が いつ 食事はもらえるのか? と訊く・・。

突然 その質問した囚人は 「こっちが 食えと言う時に食って こっちが糞をしろ こっちが 寝ろと言う時にねるんじゃ!!」 と怒鳴られ 滅多打ちにあう。

その時 飛行機内って 刑務所に似てる・・ 自分の好きな時に食える訳でもない・・今時の機内食はけっこう粗末で 刑務所的かも?(刑務所食を食った事はないが・・) トイレだって そう簡単には行けない。 いける時間も限られ・・行ける時間にはほとんどトイレは満室。 

自由に歩き回れる訳でもない・・ シートベルトしっかり閉めてろよ! といつも いつも言われる・・。

夜昼構わず 取り合えず  てめえら寝ろと言う時間には 完全に窓を閉めさせられ 消灯! そして 強制的に 明かりが眩しくつけられ 起きろ!の合図。 完全に刑務所的かも・・? 

そんな中のあの映画は 長距離フライトの中では けっこう共感を得れる所が多々ある。

まだまだ Showshank Redemptionをみれば 色んな 素敵な事を発見できる様な気がする。 時を変えて 映画を見直すのも いいもんだ!

主張

 ネットで大谷選手の事で いかに日本人は素晴らしいか?! と言うのをやっていた。 つまり 日本人には 特殊な精神があって・・ だからこそ 世界に引けをとらない経済大国になったし・・ 世界の人が 驚く事をたくさん成し遂げて来た・・と言うことを切々にうたってた。

つまり 日本人は もう子供の頃から 社会の一員になって 社会の全ての貢献によって 自分が生かされ 大谷選手の様に成功をおさめる。

個人主義の欧米の人間からすると 一旦 大成功を修めると ほとんどの人は 転がり落ちる様に 落ち・・その成功を保つ事は困難と言う考えがある・・。

しかし 日本人にはそれはない。 つまり 成功を修めても それは 自分個人の力ではなく 子供の頃から習得された ‘‘社会全体の協力の元に自分はある”と言う精神で生きているので 成功に乗っかって おごり高ぶる事がない・・。 よって 成功に 限りがあるとは考えない・・と・・。

それは それで 立派だし そうだとも思う。

しかし それを 聞いてて・・私自身は ちょっと違うなぁ〜 と思った。 私は親から 完全に自分勝手人間  自分一人じゃ〜なんにも出来ないくせに・・ と 耳だこに言われ続けて育った。 

親から言われ続けた言葉 ‘‘そんなこっちゃ〜社会ではやってこれない” とも言われ続けて・・結局 死ぬ事を選んだ。 生きてるだけで 辛くて 辛くて・・。

そして あと一瞬後には 死ねると言う所まで 自分を追い込んで その一瞬手前で あと一日生きてみよう。 どんなに辛くても 自分は いつでも死ねるのだから・・・ と言う自信を得てしまった。 その自信だけでが今まで続いている。

いつでも死ねる自信とは こんなにも大きな事なのだろうか・・・? 自分でも 驚異的としか言いようがない。

それからだ・・社会と言っても この地球上には 色んな社会があるし・・。私は20歳になってすぐ 日本を飛び出し 結局 自分は日本以外の社会の人生になった。 日本社会では無理でも 日本以外の国ならやっていける ・・と言う確信を得た。

確かに日本と言う国は 優れた所も多々あるが・・ 日本社会でやっていけない人は 日本以外はどこでもいけると思う・・。 反対に日本以外でやっていけない人は 日本だけというのもあるかも?

って事は “日本社会は狭い!”としか言いようがない・・。

どんなに後進国でも 英語を話す人はけっこういる。 日本ほど 英語を話さない国は珍しいかも・・?英語を話さないのは愚かと言う意味ではない・・ 日本語で 十分であり 英語が不要だからと思う。 英語が話せなくても 全然不自由ではないのだ。日本にいる限り。だから 余計 日本語以外の言語が不要になるのかも知れない。

ここブエノスアイレスでは やはり大都会であっても 長い歴史の内に スペインに統治された国。 統治から這い上がる為にも 世界の共通語である英語は必至だったのかも知れない。

私が 南米でであった人達は全員 英語をマスターしたいと思っている。スペイン語が全然出来ない私は どうしても 英語で捲し立ててしまう。 相手は頑張って 英語を話そうとする・・もしくは 英語を話す人を見つけてくれる。 決して 見下す事はしない。

アジア人と言うだけで ここ南米は見下される・・と言うのも 中国人を奴隷として使っていた歴史もあり それが長かった・・。 アジア人をみると チーナ チーナ(China)と言って 子供や ティーンエイジャーどもににバカにされる。

だが! 英語で 捲し立てると そこは 完全に反転するのだ。 英語の力は絶大なのを 日々感じる。

他のビデオで キムタクの娘二人に 質問が来た。 その質問とは 「いつも 英語で話すのですか? それとも日本語で話すのですか?」 と言うもの・・。

二人の娘は 考え込む・・・ どっちかなぁ〜・・。といいつつ 普通日本語かな・・? でも 喧嘩は絶対英語! と二人の娘はいいきる!!

私も 同感!! 30年以上 世界中の客達とやりあって来た人生。 経営者として 問題勃発で 最終的には 私がではって行かなければならない。

そして 必ず そこは 修羅場と化す事が多い。 ま〜 ベストは 事を荒立てず 問題客に帰ってもらう様にすることではあるが・・。 

しかし それでも どんなに 丁寧に 親切に話しをするにしても 英語と言う言語には  大きな力があるのを感じる。ましてや迫力をもつく。 相手が英語を母国語とする人間でも 英語では言い方で 完全に相手がぐうの音もでない様に 押さえ込む言い回しと言うのがある。

日頃 訓練している私は それを すかさず使う。 

そして 相手がいくら 英語を理解できなくても 関係ない・・たとえ それが 日本人でも 関係ない 英語での言葉 が一番の威力を発揮するのを 身をもって学んだ。

つまり 英語は “主張‘‘の言語なんだなぁ〜 と思わずにいられない。 “主張” することによって 私は 死なずに人生を送ってこられたような気がする。

出る釘は打たれる とか 謙虚は美 と言うのでは 私は 絶対に生きてこれてない。 見下されて ごみ扱いされて 終わる。 よって 全ては “主張”のみ と私は思う。

生きる執着

 生きてます。 このブログを読んでくださってる方々(とは言え何人読むんだろう・・?)へのお知らせ。 ってか ネットが ライフラインだなぁ〜 と思わずにいられません。

たとえ 救急車があろうと・・結局 ネットさえあれば なんとかなるな〜・・。 と 気づく・・。 

一応 冷蔵庫にあるものを食って 水を飲んでいるので・・生きてる。 まぁ〜 食欲の無いのを無理矢理口に入れると なんか 吐き気がするし・・ 無理矢理食しなくても 水さえ飲めていれば 大丈夫だろう・・。

妊娠6っか月の時 夫から見放され・・(飯も作れないなら実家に行くと行ったっきり帰って来なかった)ただただ天井を見つめて 夜 昼 関係なく ミイラの様に横たわっていた時代を思い出す。

今は 60kg近い体重を 必至で落としたいと念願しているが・・その時は 病院に運ばれた時は 38kgだった。 胎児の心音も聞こえなくなり 医者が毎朝の回診で 子供を下ろすのを説得し続けた。

あの時は もう 人間の心 感情とか言う物も 完全に失って 夢遊病者の様になっていた。 あんな風になったら おしまいだなぁ〜と思う。

多分 72才まで 生きて来て 生きる事に執着が出来てきたのだろう・・。 しんどくても 無気力になりそうでも いかん・・ いかん・・ と 思いつつ 取り合えず ベッドから 重い体を 引きづりつつ 口になにかを入れようとする。

若い時は 簡単に どうでもいい・・となったけど・・ 年を取るにつけ 生きる事に執着して来るんだな〜と言うのに 気づく。 あと 10年ぐらいしたら 少しは “ま〜 ここまで生きたんだからそろそろ死んでもいいかな・・”  と思うのだろうか・・? ま〜 その時にならないと解らないなぁ〜。

2024年1月25日木曜日

しんどいなぁ〜

 ここ数日 だるい。 なんにも出来ない。 急に喉が刺すように痛くなって 以来 頭を始め 体じゅうが 重くて仕方がない・・。 よって 無気力感全開。

明日になれば 少しは よくなるかな・・? と期待しつつ・・が! 状態は 悪化の一途、 今は 顎の下が晴れて リンパ腺が腫れているのか・・・。

食欲まったくなく・・。 取り合えず 脱水状態にはなってはいけない・・・と思いつつ・・だが ここは 水道水は飲めないので・・ 数倍も重くなった体を まるで這うようにして 宿の前の店に買いに行く。

取り合えず  水があれば 死なないだろう・・。 と 自分をはげます。 

こうやって 老人の孤独死ってのが 勃発するのだろうなぁ〜・・・ と思う。 まだ 生きる気力が あるから 水でも頑張って飲もうと思うけど・・・ その気力さえなくなれば ただ単に死に向かうのだろうなぁ〜・・ と思う。

具合が悪くなるって事は 食欲が完全に無くなり・・ そのうち 体がどんどん重くなり・・ それに平行して無気力になって行く・・ と言うのが 順番だ。

頑張って 「生きよう!!」と思わない限り 簡単に 転がる様に 死ねるなぁ〜・・と思った。

こうやって ブログを書いてるって事は まだまだ 生きたいと言うことに しがみついているのだろう・・・。


2024年1月24日水曜日

今日のMilonga

 今日は ダンスせねば・・と思いつつ出掛けて行く。

今日のも又 昼間だから 結構カジュアル。 そして 気づいたけど・・Weekdayの昼間って ジジババ時間帯なんだな・・と・・。 つまり 若者で ガンガン踊るやからは まず Weekendで 夜中に集まる。

と言うことで まだまだ 夜の部のMilongaは まだまだ 先かも? 

El Besoと言う所は 昔からあるところで 結構有名と ニュージーランドの私の先生が言ってたので ここは 気を引き締めて! と思いきや ちょっと 拍子抜け。
でかい訳でもなく・・ 小さくはないが・・ それほど豪華でもなく・・ 普通。

でも ちゃんと 予約をして 行ったので 入り口で 名前を言うと歓迎してくれた。 そして うやうやしく テーブルに案内してくれた。

いやはや・・ここは だれでも ほっぺにキスをしてハグする。 知らない訳ではないが あたしゃ〜! 日本人! と 踏ん張って 絶対 ハグだのキスだのは ニュージーランドではやってない。 私が拒むのを知って だれも 無理強いはしない。

日本では 東京とか大阪のタンゴかぶれの女達は全員 ほっぺにキスのハグ。
ケッ!! ぜぇ〜ったい! そんな事するもんか! と完全拒絶!

だが ここでは もう 拒絶のすきは与えられない・・あれよ あれよと言う内に キスとハグは もう実行されていて 有無を言わさず・・。 私は流されてもぉ〜た・・。


だいたい ニュージーランドでデッカイ Milongaでは ちゃんとナンバーの付いたテーブルに案内される事はない。 そのMilongaの主賓のみ。

だけど 今日は ちゃんと Noriko Norikoと名前を呼ばれ・・ナンバーの付いたテーブルに それもど真ん中で 一番目立つテーブルに。予約の効果は絶大なのだ。

ニュージーランドで聞いていたのは・・ Milongaに行ったら 絶対どこでも座ってはダメ! 取り合えず 目立たない所にしか腰かけられないから 気をつけろ!・・・と・・。

カベセオで 目立つ所に陣取ると 関係者から のけ! と言われる・・とか・・。
ましてや ダンスが上手くないと 最後列の絶対カベセオが出来ない列に引っ込め! と言われるとか・・。関係者でもない人から言われる事もあるとか・・。

まぁ〜色んなひどい事を聞いていたので なにをするにもビクビク。
だが 今日は 真っ白なテーブルクロスをつけられた 番号のつけられたテーブルに案内されて それだけでもう 満足!

テーブルで一緒になった 女性が又 とてもフレンドリー。
彼女は ブエノスアイレスには 家族に会う為に 近くの町からやって来て ついでにタンゴをして帰ろうと思って・・。
と 色々話しかけてくれた。英語の勉強もしているので 英語で話してね! と言ってくれたので 又々 嬉しかった・・。
だけど 結構込み入った話しになると すぐスペイン語で捲し立てるので お互い笑ってしまった・・。
そして せっかく来たのだから と 二人で 会場名の入った看板をバックに記念撮影。
彼女 今日は これから 100km離れた自宅に帰るけど・・よくブエノスアイレスにはくるので その時 又 一緒にMilongaに行きましょう! と WhatsUpでお友達に。
ここブエノスアイレスでは 日本のLineの様に使われるのがWhatUp。 だれでもかれでも WhatsUpなのだ。 電話番号から連鎖されているので 簡単と言うのもあるだろうけど・・。


色々 じっくりと踊る奴らを観察していると・・ 客と思えるやからは ほぼ ジジババ。

でもって ジジは だいたい 知り合いのババを誘っている様子。 それ以外の 一人で来てるババ達は (私もその一人だけど)若い(30才から40才ぐらい)男に誘われている。

私も 突然 のっけから スマートな30才くらいの男に誘われ・・夢の様に踊った・・。 一曲目は様子見・・その後 これでもか! これでもか! とレベルをあげてくる。 最後になると な! なんだぁ〜! こんな足のこんがらがる ステップ どぉ〜すりゃ〜いいんだぁ〜! と言う技をかけて来る。

いやはや 「あんた すごいすごいね〜」 と言うと いたずらげに笑って・・きらい? ってきくから いや好きだけど・・。 と言うと高笑いして ガンガン こんがらがった技をかけるのだ。

興奮覚めやらず・・ ダンスの後 テーブルに戻ったが・・ こりゃ〜 私が好きで誘って来たのでは無い・・。 彼の行動を見ていると まるで タクシーダンサー。 次から 次へとばば〜を拾っては踊っている。

こういうタクシーダンサーもいるんだ〜と 感動。 聞いていた タクシーダンサーは ものすごいお金を払わないと雇えない・・と。 なのに この会場の主は そういうポリシーなんだろう。 つまり その会場の持ち主は 自分の場所を盛り上げる為に タクシーダンサーを 雇っていて 無料で提供しているのだ。 すごい!! こういうのは 聞いた事がない。

以前 セロックと言うダンスをしているときは そのダンス教室の人が タクシーダンサーを雇って 初心者達を拾ってあるいて 楽しませると言うシステムだった。 それと同じ事を ここブエノスアイレスで それも 無料でやっているとは・・。

そして よぉ〜く目を凝らして 観察していると・・そのタクシーダンサーとやらは 一人ではなさそう・・ もしかして あいつも? こいつも? と 何人もタクシーダンサーの行動をしている。 

そして 若いかっこいい 背の高い男が二人ぐらい・・ 中年の男で 中くらいの背の高さのが 3人ぐらい。 もう一人 チッコイ60才くらいの じっちゃんも 確実にタクシーダンサーの動きをしている。

しかし こんなにもたくさんの タクシーダンサーを雇っているこの会場の持ち主 相当の太っ腹! と思わずには いられなかった・・。

そして ラッキーな事に 背の高い若いタクシーダンサーが 二回も私を拾うので いやはや ラッキーとしか言いようがない。 思わず 「あんた タクシーダンサーだべ?」と言うと いたずらを見破られた様な 苦笑いをして 「そうだ」と言う。

「ここで タクシーダンサーとして働いているの?」と訊くと・・いや 世界中どこでも行くよ! と言う。 イタリア、フランス、モロッコとか 色々世界中を飛び回っているとか・・。 だから 英語も流暢なんだ・・。

タクシーダンサーで この会場にいったい何人いるの? と 訊くと 5人ぐらい・・。 と 数字をぼやかす・・。まぁ〜私のにらんだ男達は 確実にタクシーダンサーの様だ。

そして 又 他の 飛びっきりダンスの上手い タクシーダンサーとおぼしき奴に 「あんたもタクシーダンサーだべ・・」と言うと 「えへっ! ばれた?」って表情をしていた。 バレバレなんじゃ!別に私にとっては ラッキーなんだから・・。

ほかにも 何人か タクシーダンサーと踊って・・ そうでないじっちゃんと踊ると・・突然 ガン! とレベルが下がる・・。 でもでも 疲れない程度に次から 次へと踊れて 超満足。

最後なんて 会場の主 そして クラスの先生が誘ってくれた! 私のテーブルの彼女が 先生と踊りたい〜!! としきりに先生と目が合う様にアタックしていたが ならず・・。いぇい! 私はゲットしたぜぃ! ましてや 私の大好きなMilongaMusicで 乗りにのりまくった!

完璧! 満足して 家路に付いたのだ・・。

ブエノスアイレスの地下鉄とバス

最近ウロウロしている。
ブエノスアイレスは バスがすごい事になっている。 取り合えず 都バスの様に ありとあらゆる所に 縦横無尽に走り回っている。
Gloogleナビで 入れると 必ず 色んなバスが可能で 待たずに ガンガンやって来る。
なんせ ここは 南米。 日本の様に正確な時間でバスがやって来る事はない。
なので Googleナビで言うバス停到着時間に来る事はまずない。
でも 取り合えず ドンドコやって来るので バスのナンバーさえあってれば 確実に目的地に運んでくれるのだ。

Googleナビは ものすごく親切!
東京とか大阪でも使用したが・・ 乗り物の発着時間はもとより バス停の位置 日本なんか地下鉄ホームの中寄りとか 北寄りとかで乗車とかも言ってくれる。 
出口の名前番号、途中の駅名も ありとあらゆる情報が Googleナビででて来る。

ここブエノスアイレスでも バス停の名前も出てくるので スペイン語の話せない 読めない私でも Gloogleナビにある 私の希望下車の停留所名を指指すだけで OK。

まぁ〜読めないから お前声で言え! って 運転手に昨日はがなられた。
てめぇ〜 読めない訳ね〜べ〜 運転手なんだから・・ と思って ムカッとしたけど・・。
後でよく考えたら あのチッコイ文字は 遠視メガネじゃ〜ないと 読めないかも・・?
と思って あとで その運転手を許してあげた。

地下鉄は もっと簡単かも?
全然縦横無尽ではないので・・ それでも 地下鉄一本で目的地に行けるのであれば 早い!
って事で 昨日 初めての乗車。

行きは完璧!
帰りも 余裕! 一回来たから それを戻ればいいんだ・・と思いきや・・どういう訳か 同じ駅なのに・・なんか 結局全然見たこともない場所に迷い込んでしまった・・。

あれぇ〜 とう考えても この駅 来たときの駅と全然ちゃうなぁ〜・・。
仕方ないので 駅員(かわいい娘っこ)に訊くと・・ スペイン語でなにやら 捲し立てる・・
じぇんじぇんわかりまっせん!

そしたら 娘っこは スマイルで こっちゃ〜来いと 私を促す・・。
そして 連れて行かれたのが 列車の切符売場・・。
でもって そこで あたしゃ〜 この駅から ここまで行きたいんじゃ! と Googleナビを見せる。 が 切符売りの別の娘っこも スマイルだけで・・・ 全然 私の意思が通じてない様子。で・・ 手振りで ちょっと待て! といいつつ 電話をしている・・。

やがてやって来たのが 又々 別の娘っこ。
こいつも かわいいスマイルで 流暢な英語! ひえ〜! たすかった!
彼女は 懇切丁寧に 
ここは 地下鉄ではないの・・。
あなたは 同じ駅名に来たけど・・ 地下鉄のこの駅は ここから 地下道を通って行けますよ! といいつつ・・丁寧に 行き方を教えてくれた・・。

英語を話す娘っこは 駅構内から 私を出す為に 又 私が特別通路から 構内には入った所まで連れてってくれた。 そして 先程の親切な娘っこも又 スマイルで 特別なドアを開けて 私を通過させてくれた。
そして 英語娘っこは 私が ちゃんと 行くかを 見届ける様に 見送ってくれた。

その後は 英語娘っこの言う通りに行くと アッと言う間に 見慣れた 地下鉄のプラットホームに着いてしまった。
英語娘っこは ここの地下鉄駅は 色んな線が交差しているので・・ こっちの 黄色の線があなたの線。 よって 黄色めがけて行きなさい。 他の色の方には行っちゃダメ! と 地下鉄路線図を見せて説明してくれたので 解りやすいのなんの。

かなり賢い ・親切 そして めんこい娘っこ達に出会えて嬉しかった!

アジアンフード店に行こ〜! と意思固く 出発!
着いたところは ごみごみ ガヤガヤ・・ まるで 一昔のアメ横の雰囲気。 
活気があって・・ まごまごしていたら 突き飛ばされそう・・ なんか 私の宿の回りとは 打って変わって雰囲気が違うので・・ 正に 東南アジア的なので・・ ちょっとホッとする所でもある・・。

あっちフラフラ こっちフラフラと色んな店をブラブラして・・ナビで行ったら ホンの数分の所なのに えらい時間がかかって目的地の店を発見!
だが・・食料品が 全て 毒々しく・・生鮮食品も半分干からびて・・ 魚部門では 魚が腐った匂いが漂い・・と言うことで アジアンフード店からは逃げ出して 下町雰囲気を味わいながら ぶ〜らぶら・・。

 

2024年1月23日火曜日

体がゾンビ

 タンゴ三昧にブエノスアイレスに来たとは言え全然タンゴに行けない。 体が全然自分の物じゃ〜ない感じで・・キチンと動いてくれないのだ。

地球の反対側 それも 横移動となると 時差が半端ない。 いつも縦移動ばかりなので 遠くに行っても あまり時差とか感じない。

が 今度は思いっきり 横移動 なので 体がおかしいのなんの。 昼なのに爆睡したり・・ 夜中十 覚醒してたり・・。 どうにか調整しようとするが・・ 老体では そう簡単には行かないのだ。

無理なんぞしたら なんか ぶっ倒れてしまいそう。 よって 結構 おずおずと 体の調子を見ながら 動いている。 眠い時は寝て・・ 寝れない時は 諦めて 焦らず・・ネット三昧をして 時間を過ごす・・自然のままに・・。

でも そんな事してたら いつまでたっても 昼夜の区別が付かないのだ。 さっきなんか 夜8時なのに 爆睡してしまって 突然目が覚める。 寝た記憶もないので 突然落ちたのだろう・・。

そして目が突然覚める・・しばらく 「ここは どこなんだぁ〜・・」と考えた。 瞬間にはちょっと混乱気味。数秒だったのかもしれないが・・自分としては 大分たってから・・‘‘あぁ〜そぉ〜だぁ〜 ここは ブエノスアイレスだぁ〜・・・’’ とわかった。

踊りに行って・・帰りにスーパーに寄ったので えらい重たい荷物をえっさかと持って帰ってきたんだぁ〜・・。

多分 えらく疲れてて 寝る気なんか全くなかったのに・・いつの間にか寝落ちしてたんだぁ〜・・。これで 又 長い長い夜を 覚醒して過ごすのかな〜・・・?

2024年1月22日月曜日

完璧な宿

 いつも 宿を決めるのに苦労する。 なんでも良さそうで 自分は 結構なんでもいいわけではないのに 最近気づく。

友人が 「のりこさんって いつでも ホームレス生活ができるような気がする」と言われた時 とんでもなく嬉しかった! 自分は 基本的な物 最低限の水と食いもんさえあれば 後は どうにでもできる自信がある。 雨露しのげる所を見つけるのも上手い。 都会だと高架下とか・・公園のブッシュの中とか・・もちろん 山なら もっと簡単に雨露しのげる所は見つけられる。

なので 宿なんて 絶対にどんな所でもおっけー! と思うが そうは問屋は下ろさない。宿と言うところは 集合住宅と同じで 色んな人と同居しているから 他の人間が 私を悩ますのだ・・。

ホームレスとは訳が違うのだ。

一番我慢ならないのが・・匂い。匂いだけは 逃げようにも逃げられないのだ。  匂い消しのつもりで 花の匂いスプレーとか 匂い袋とか そういう物が置いてあると もう 絶対にそこで寝る事は不可能。

一回東南アジアでは安くの洗濯屋さんがあって 数時間で洗って乾かしてアイロンをかけてくれる。 それが 絶対にダメなのだ。 なぜか?! それは 柔軟剤の匂いで 吐き気がしてくる。

自分で 完璧に洗い直すと言う羽目になり 二度と洗濯屋には出せない。 夫はほんの100円 200円の料金でパンツまでアイロンかけて仕上がってくるので るんるん!

私は シルクの自分で作ったお気に入りのワンピースを盗まれた。 後で どこに行ったんだろう・・? とツラツラ考えるに・・東南アジアの洗濯屋に出して 戻って来てないのが発覚!

話がそれた・・。

宿で 二番目に我慢できないのが 外の空気が吸えない・・・これは致命的にキツイ。 高級ホテルやら 高層ホテルには絶対に泊まれないのがそれだ。 デッカイ窓があるが 開けられない。

ってことで 私が日本での一番のお気に入りは 大阪のアイリン地区にあるホテル。 一泊2000円以下で個室 外気が吸える窓付き。 匂いは一切ない・・枕から 加齢臭だの人間の油脂の臭いだの・・安香料だのの臭いも一切ない。

見かけはボロボロ ありとあらゆる所が壊れそうに荒れまくっている部屋でも 真っ白なパシッとしたシーツ一式でおおわれているベッド。

個室の中には フラットスクリーンテレビ・自分専用エアコン・高速ネット と 必要な物は全て 最高に良い。つまり 最低レベルの宿が私にとっては 最高レベルの宿なのだ。

でだ! ここブエノスアイレスで借りたスタジオも 最高と言ってもいいかも? 

つまり・・全て無臭、真っ白なシーツ類・大きな部屋に大きなベッド・バスルームは暑いお湯がふんだんに出るシャワー・調理に必要な物全て揃ったキッチン・クローゼット そして  この国では絶対に欠かせない 金庫。

お金を持ち歩く訳には行かない・・ 現金は絶対必要な国、ましてやインフレで 札束を毎日持ち歩かなければならない。 部屋には もっと多くの札束を置いて置かねばならない・・。

部屋には 頑丈な二段構えの鍵がかかるが・・ 宿の管理者は 誰でも部屋には入れる・・。 が! 金庫は 自分で暗証番号を設定するので 誰も開けられない。 例え宿の人であっても 暗証番号を知らない限り 開ける事はできない。 

もし ロックしてチェックアウトしたら 客が払った宿代用のクレジットカードから 金庫開け業者に払う料金を引かれるシステムになっている。

と言うことで 安心して使える金庫は必需品。 

一番 私が気に入ったのは 小さいけど 自分専用バルコニーがあることだ。 いくら暑い日でも 朝と夕方から夜は ずっとバルコニーから離れたくないと思うほど そよ風が吹いて心地よい。 思わず 外気にふれると大きな深呼吸をしてしまう。 

洗濯物も紐を渡して 洗濯バサミで留めて置くと アッと言う間にカラッと乾いてしまう。

もちろん! 高速・無制限ネット、フラットスクリーンテレビ・最新式大型エアコン付き。

この宿どちらかと言うと全ての設備が老朽化はしているが、料金は 一泊3500円程度。立地はわりと安全地区で タンゴには どこでも簡単に行ける かなり便利な場所。 つまり 私にとっては 完璧と言っていいかも・・?


この宿のエレベーターは おっとろしい程 暗くて重たい。 最初 かな〜りまごつく。 まず 最初に牢屋の鉄格子風の扉を開ける。 そして 奥の鉄でできている蛇腹ドアを開く。 最初この蛇腹ドアが テコでも動かんので 壊れてるのか〜? と 思いつつ 両足を踏ん張って 力みながら開いたら やっと動いた。 慣れるとコツがわかるのだ。

このタイプのエレベーターは イタリアの安宿でも使った・・。 結構 慣れるのに時間がかかるのだ。

自分の部屋の暗証番号も忘れてはいけない。 万が一の為に 常にメモを持ち歩く・・。 重たいドアといい 暗証番号暗記といい・・老人には 結構ムズイ宿なのだ・・。

98歳になる母親のいる介護施設のセキュリティー用 暗証番号パネルは もっと難しい・・。 老人には 脱走不可能に作られている。

つまり 暗証番号は変わらないが・・ 暗証番号パネルに現れる番号の位置が毎回ランダムに変わるのだ。 そのパネルに現れる番号は 数秒の内に消える。

まごまごしていると 又 違う位置で番号が現れる・・。

やり方を教えてもらって・・ お〜簡単! んじゃ〜 ちょっくら その介護施設から出て買い物してくるぜ! と 妹に言い・・私は暗証パネルに番号を入れようとするが・・すぐ全部消えてしまう・・何回やっても 全部の番号を入れる前に パネルが消えてしまうのだ・・。

いかん! できん! あたしゃ〜 できんのだ! しょうがなく妹に 「あたし出来ない・・やって」と頼んだら 妹は ささっと暗証番号を入れて ドアを開けてくれた・・. そして・・「あんたこの施設にぶちこまれたら脱出不可能だね・・」と言われた・・。 


2024年1月21日日曜日

最初のMilonga

 色んな事を遂行して・・ もう 準備万端! これで タンゴ開始オーケー! となるが・・ 又々 んじゃ〜 取り合えず どこに行こうか?

先生から 色んな情報を入れてもらった。 ネットのサイトで ブエノスアイレスは 毎日 何十と言う レッスンや Milonga つまり タンゴダンスのパーティーが 催されている。だから 選り取りみどり・・ もぉ〜 年がら年中 好きな時に 好きなだけ 踊れるってのが ブエノスアイレス。 さすが!!

でだ・・ 先生だの 色んな人から 色んな情報を得る。 つまり ブエノスアイレスっちゅ〜所は 飛ぶ鳥も落とすと言う勢いで 踊りまくっているから オタオタする 田舎もんは 完全に弾かれて 鼻も引っ掻けてもらえん! 

と言う・・。

だから タクシーダンサーと言う人を雇って 踊ってもらう。 大枚をはたいて・・。 が・・ そんなことまで して 踊ってもらおうとは 絶対に思わない私は どうすりゃ〜いいんだ〜?! 

クライストチャーチの20年も踊っている 私と同じ年の女性が ブエノスアイレスに行って・・しらない人に誘われて踊り始めたはいいが・・即座に あんたは自国に帰って 10年修行してから 出直せ! と言われて 踊りを中断されたとか・・。

ひどい!! そんな事ってあるのか〜! と 先生に訊いたら よくあることらしい・・。

ひぇ〜 ひどすぎる!! そんな事されたら 心が折れて 即座に飛行機に乗って 帰国してしまいそうな私。

又 他の先生に 「金髪青目 若い・セクシーならいくらでも踊る相手は見つかる。でもあなたの場合は タクシーダンサーを雇う以外 踊るチャンスはないわよ」と言われた。

だが・・ 今回の私は それを見込んでやって来た。 みんなの様に ツアーで来て 10日ぐらいの滞在ではない・・・。 私は数ヵ月間 かけて どうにか するのだ! と鼻息も荒くやって来た。

そう簡単にめげる訳にはいかんのだ・・。

と言うことで 私は 今日初日のMilonga. 日曜日の午後・・ つまり 正規のMilongaと言うやつは 夜10時ごろから始まって 明けがたまでやるのだ。 それも 一番でかい 華やかなMilongaは 多分 金曜 土曜の物。

私はそれは避けて つまり 日曜日の午後の分。 ネットに載っている そのMilongaのビデオをみると みんな 結構カジュアルな雰囲気で それほどでかくもない。

はてさて 私も普段着風の格好で それでも びびりつつ・・出掛ける。

まずは見学。 黙って見ていても 誰も声をかけてくれないのは 当たり前・・。 みんな グループをつくっている。 そのグループ同士だけで 踊っている。 カップルも決まった相手だけで 踊ってる。 みんなと踊る人は一切無い。

クライストチャーチで異口同音に「踊ってくれる人なんぞ絶対いないよ」と言うのは やっぱそうらしい。 んでもって カベセオ(まず希望の相手の目を捉えてお互いが頷く)でダンスの合意を取ってからでないと 踊れない。

それでも 私は 取り合えず ジックリと みんなの踊りを観察。

全然 大丈夫・・レベル 低い・・と言うのが 私の感想。

ってことで カベセオでダンス相手をゲットするのは いくら それがマナーであろうと 私には関係ないのだ。

取り合えず 目の前の男に 「ダンスすっか?」と言うと ニコッとしてオッケー! ホレみろ! 成功! やった〜! カベセオなんか 糞食らえ!

ま〜ま〜のレベルの男。 さして 下手でも 上手くもない。 でも 久しぶりのダンスで 私の心は高揚なのだ。

はてさて! 次のダンスは・・ 曲が流れ出すと 即座に 数人の男が私を誘ったのにはビックリ! ひぇ〜!! これは 私のシナリオには一切なかったのだ。

その後は もぉ〜! ひっきりなし・・。 次から 次へと 私の目の前に男がやって来る。 いやはや・・ これは 絶対に私の計算にはなかった・・。

ニュージーランドの私の先生が言ってた・・とは言え その先生は アルゼンチン人で ブエノスアイレスで ブイブイ言わせていた先生なのだ・・ 彼の言うには 自分のダンスで勝負しろ! 

「誰が どう言おうと 堂々とせよ! びびるな! 自信をもて! 自分を信じろ! みんなお前のダンスをみてる! それを見て 上手い奴がやって来る! それを信じて一つ 一つ丁寧に踊れ」を連発していた。

先生の言った通り・・ 最初私が誘った男は普通だったが・・後に誘って来た奴らは 相当のレベルの奴ばっかりだった・・。 一人の男は 他のMilongaに誘いたいから 電話番号をくれと言って来る。

一時間半 踊りっぱなしだと もうくたくた ヨレヨレ。 汗ダラダラの状態で 外に出ると そよ風が とても気持ちよかった! 

宿に付いて 早速 先生に報告! 先生曰く「やっっほ〜!! やった! やった! 素晴らしい〜!」と 誉めてくれた。

先生からの追加の言葉・・

「時々は 電話番号を訊く目的が ダンス以外もあるからな・・ 取り合えず忠告」

ん〜 ダンス以外ってなに? 私が小娘だったら 「あら 気をつけなくっちゃ〜・・」と思うのだろうけど・・72才のあたしゃ〜 うふふ の ふ・・・。

ICカード

 はてさて 次は SUBEと言うカードをどうにかせねば・・・。 SUBEとは 日本で言うと スイカやイコカ的なカード。 ここブエノスアイレスで 使える。 私のニュージーランドの先生が ホレこれもってけ! と言ってくれた。



が・・バスやら 地下鉄にこれで 乗れるとは言え・・先生曰く もう何年も前の物だから 使えるかわからん・・と言う。

んじゃ〜 自分で これはどうにかせねば・・。 と言う訳で 今度は SUBEをチェックすべく 又々 Googleナビで 最寄りの地下鉄の駅に行く。

なんだか 自動販売機的な物が たくさんあるが スペイン語のまったくわからん私は ギブ。 ってことで 人間に頼るしかない・・。

だが・・やっぱ そう簡単には問屋は下ろしてくれない・・ お兄さんが 私にがなる。 えらい剣幕で怒っている・・様に聞こえる・・。 取り合えず 彼の身振り手振りで 私のもっているカードを そこの所に置け! と言っているのが やっとわかった。

置いたら 即座に残高がわかる・・ マイナス11ペソ。 ん〜ん 先生は赤字のカードをあたしにくれたんかい・・。

トップアップと言うスペイン語のタンゴが お兄さんのがなり声から 聞こえて来て 私は慌てて しー!しー! と言う。 んでもって いくら TopUpするんだ?! と又がなる・・。

私はやおら あの1000ペソ札を 5枚出す。約千円弱。 ブエノスアイレスのバスや地下鉄料金は 異常に安いので これで 相当大丈夫! 日本だと 1万円TopUpしても すぐ無くなるけど・・。

私がカードを乗っけた機械から 取ろうとすると  もっとボリュームをあげて まだまだ!! さわんじゃ〜ねぇ〜!! とがなるお兄さん。 はいはい・・わかったよぉ〜 と びびる 私。

しばらくして・・ やっと お兄さんのオーケーがでて それでも おずおずと 私はお兄さんの顔色をうかがいつつ カードを取る。 そしたら やっと お兄さんが 親指を立てて ニコッとしてくれた。

ふぅ〜・・・。 完了! めでたし・・めでたし・・。

札束にオドオド

今日はちょっと遠出と言うことも遠くに行くわけではない・・ ここに来てから色々なことしなけりゃ〜ならんのだ。
とりあえず お金がまったく手元にないっちゅうのは 非常に心細い。しかし・・正規に両替をするわけにはいかんのだ。 政府の決めてる両替利率はとんでもなく低い・・。

アルゼンチンと言うところは インフレが ものすごく 日々 インフレのパーセントが上がって行く。
もぉ〜 商品に値段をつけてる場合ではないのだ。 買う瞬間の値段 つまり 日々値段が上がるのだ。取り合えず これくださいと言った瞬間の値段になる。

ってことで闇の両替屋が暴走しているのだ。 でだ・・両替は 闇でやるのだから 取り合えず米ドル 現金をゲットして (これはNZにいるときに準備必至。 ニュージーランドドルってのは 誰も見向きもしないので 前もって USドル入手)ここで USドルを両替するのだ。

はてさて 闇の両替屋でも ちゃんとしてる所、つまりぼったくらない所ってのは 知る人ぞ知る・・よって 信頼のおける人からの情報でその場所をゲットしなければならないのだ。

ニュージーランドのタンゴの先生から紹介された運転手に ネットで訪ねると 即座に教えてくれた。その日のレートも教えてくれて それ以下では両替すんなよ! と念を押される。

そんなこんなの後に  緊張して やおら宿屋から GoogleMapのナビだけを頼りに おずおずと 両替え屋めがけて 歩く。

ちっこい間口のセキュリティーのガッチリしている所に入って行く。 USドル札二枚を ペラっと出すと 瞬時に ドカドカ! と札束をくれる。普通パスポートだの レートだの 色んな事のやり取りがあるが・・ そんなのな〜んもない・・。

札束を引っ掴んで 自分のリュックに詰め込もうとするが あとから あとから 両替の人が入って来る。 みんな 即座に 事を遂行している。 オタオタしててはダメなのだ。

両替所から でたら 人につけられて引ったくりに会う・・とか 脅されている私は 疑心暗鬼もいいとこ・・。 おどおど・・。

なんのこた〜ない 命を取られる訳でもなし・・ 安全な所と言われているから そうドキドキしなくてもいいんだけど・・。 やっぱ インフレで ドカドカと札束を与えられると・・突然 とんでもない銀行強盗をした後の様な気分になるのだ。



宿に戻って 自分の部屋に入り 鍵を掛けると やっと人心地が付く。
とは言え・・これで 1万円とちょっと。
やっぱ 札束を見慣れてないと こうも オドオドするものなのか・・。

その後 スーパーに行って ちょっとだけの食料を買うが・・ 持参した 札束が アッと言う間になくなる。1000と書いてあるお札が バンバンなくなる。
チッコイ水のペットボトルが 1000ペソ。
ったくも〜 金の値打ちの無いことこの上ないのだ。


2024年1月20日土曜日

ブエノスアイレスの初日

  ブエノスアイレスの上空に来たら すでに ニュージーランドで私が使っているプロバイダーの Roamingが始まった! やった〜! これで ネットが繋がる・・。

旅をしていると ネットなしでは 丘に上がった河童。 もぉ〜手も足もでない。 いかった! いかった! と 嬉しい・・。

空港で 私の名前を書いたプラカードを持って 出迎えてくれる人が ガンガンと 私にメッセージを送ってくれる。 いぇい!! 見知らぬ土地に降りたって・・ ターミナルに出た時に 出迎えてくれる人がいるってのは すごく!嬉しい・・。 あれも これも 全部ネットのおかげ!!

無事 優しい 運転手さんと出会い・・スムーズに宿へ・・。

着いたはいいが・・出迎えてくれる宿の主人はいない・・。 優しい運転手の人が 宿の主人に電話してくれたりと 色々するが 繋がらない・・。

運転手の人もすごく忙しい人なので・・ 私 自分でどうにかするから もう行っていいよ・・と 彼を解放してあげた。 彼は心配そうに・・ ちゃんとチェックインができたら 連絡してくれ・・と言って 立ち去った・・。

うぅ〜・・・ん あたしゃ〜 どうすりゃ〜いいんだ〜? まるで 家出少女じゃ〜なくて 家出ばば〜と化して・・荷物をガッチリ握りしめて・・ドアの外に立ちんぼ・・。

前もって WhatsAppで宿の主人とはやり取りしていたので そこに 連打の如く メッセージを送るあたし・・。 てめ〜 どこにいるんだ〜?! いつになったら 来るんだ〜!! と・・。

大分経ってから 「問題ポッ発 遅れる」とまるで 電報の様な返事。

そこで 今度は 私から 十倍のメッセージ連打!「てめぇ〜この〜! 問題とか言っても なにが どうなんだか こっちとら〜全然状況は 把握できん!」 「てめぇ〜の状況説明せよ!」 とかいうけど・・ 結局 彼は英語がいまいちできないらしい・・。

ニュージーランドでのやり取りでは 流暢な英語だったので 安心していたけど・・。 そのうち 彼は 音声メッセージを送りつけて来る・・が・・それも スペイン語っぽく まったく要領をなさない・・。

結局彼は 来れないから 彼の弟を寄越す・・という・・。 そうこうしてたら もう 私は 1時間ぐらい待っている。 そして やおら 彼の弟からのメッセージで あと 1時間半はかかると言う。

ひぇ〜!! あたしゃ〜 もう 24時間以上の長旅で くらくら・・死にそ〜 もぉ〜これ以上待てないんじゃ!! とは思ったが・・ 出来ない物は 出来ないのだから いきり立っても 無駄・・。

はてさて・・ 家出ばば〜は 17kgの荷物を持ち・・うろうろと近くのスーパーに行く。 スーパーと言えども ここは都会の真ん中 GoogleMapで出てきたのは ちっこいよろず屋的の店。 それでも 果物が沢山あったので デッカイスイカ(4分の一に切ってあるがかなりデカイのだ) 他 マンゴウだの バナナだの 色々買う。

あたしゃ〜 直接空港から来て 現金一切なし! このよろず屋で 15%の手数料を取られて クレジットカードで支払う。 ひぇ〜!15%?! と思ったが もぉ〜! 腹はすいてるし・・喉は乾いているし・・果物に飢えまくっていた私は 太っ腹!! おっけ〜! おっけ〜! と言ってしまった。

17kgの荷物は既にやっとこさ引きずっていたのに・・重い果物で 又々重くなった・・。腹はすいてても 喉が乾いてても 果物を道の真ん中で食う訳にも行かない・・。 辺りはすっかり夜。 

宿に戻って また 家出ばば〜ではなく ホームレスばば〜の様に宿の前の道路で座り込んで あと1時間半待つのもいやだ!! という事で 閑散とはしていたが・・ちっこいレストラン風の店に入る。

いつここは店を閉める? とレストランの人に訊く。 あたしゃ〜 あと1時間半は ホームレスばば〜になることを避けねばならないのだ・・。 丁度 一時間半後にそのレストランを閉める時間・・ということで ブエノ ブエノといいつつ・・店の席に着く。

目の前に老婆が食事をしていた。 彼女が英語でブツブツ言ってるので なんか助けてくれそう・・って事で・・彼女のテーブルに一緒に座っていいか? と訊くと・・ どうぞ! どうぞ! と言ってくれる。

それからだ! あたしゃ〜 楽しかったのなんの! その老婆は 結局英語はほとんどできず・・・つまり あたしもスペイン語ほとんどできず スマホの翻訳機での会話。

彼女は20年前に夫を亡くし・・ずっと一人。 夫と住んでいたのが ブエノスアイレス。 ここは 私がとってもハッピーだった場所。 今は 違う所に住んでいるけど・・ホリデーはいつも愛する夫と住んだ思いでの場所のブエノスアイレス。

彼女は夫の事が忘れられないみたい。

私が彼氏作れば? と言うと とんでもない! 私のラブは 夫だけ! と 結婚指輪を私に突きだす。 彼女は結婚指輪は絶対外さないのだそうな・・。

一ヶ月ブエノスアイレスにいたけど・・私は誰ともお友達にならなかった・・。 あなたが最初よ! と言ってくれた。 そして 私はあなたが大好きよ! あなたはとってもいい人ねぇ〜・・と言い Amiga Amiga と言ってくれた。

彼女のワインと 私の水のグラスで サルーと言って乾杯した。


私は魚料理にサラダをつけたDishを頼んで それをむさぼり食いつつ 彼女とのおしゃべりに花を咲かせた。 そうこうしていたら 一時間半はアッと言う間に過ぎて 慌てて 宿のチェックインに向かった。

まんざら 世の中悪い事ばかりではない・・。 はてさて! ブエノスアイレスの初日は 素晴らしい人との出会いで始まりました!

スペイン語の押しは思うよりずっと強かった!

 オークランドから すでに スペイン語漬け。 英語は世界の公用語ではあるが・・ 次に強いのは スペイン語かもしれない。 

もぉー 常に 常に 堂々と スペイン語。 機内アナウンスなんて ぶっ壊れたマイクロフォンが がなり巻くっているように 捲し立てる。 申し訳なさ程度に 英語が 最後でアナウンスされるが・・ それが 英語だと気がついたのは ちょっとたってから・・。

彼らの英語発音は まるでスペイン語。 相当ちゃんと聞き耳を立てないと わからない。でも ドンドン慣れて来ると スペイン語も 英語もほとんど同じく聞こえて来て・・ 結局 機内アナウンスの内容は 世界十で同じ事をいうので もうスペイン語の時点で 何を言ってるのか 理解できる様になった!

私って偉い!

機内食も CAは スペイン語のみで捲し立てる・・ 私の顔をみたら さすがに スペイン語ではないべーと思っていたが とりあえず スペイン語で言って みて それから 英語に直す・・つまり あくまでも できたら スペイン語で通そう という態度。

客もほとんど全員が スペイン語を話す人だけと思うほど 私のまわりは 全員スペイン語で捲し立てていた。

自分だけ英語でやってはいけないのだ・・という気分にまでさせられる・・。

やばいぞー こりゃー  多分 英語で押し通したら どうにかなるべーを鷹をくくっていたら・・ そういう問題ではなさそうなのだ。

CO2

 3月19日に出発して ブエノスアイレスに向かう。 クライストチャーチ空港では Latamというチリの航空会社で チェックイン。 だが クライストチャーチでは Latamのチェックインカウンターは無い。

つまり ジェットスターが Latamの代わりに使われるとの事・・。 でた! ネットトラベルagentを使うと 一番安いフライトをゲットできるのは いいのだが・・ いろんな細かい所で 面倒なのだ・・。

つまり 今回の様に Latamの会社の航空会社のティケットを購入しても ジェットスターが飛ぶ。 って事は Latamは 機内持ち込み荷物は10kgまで。 

ジェットスターだと 手荷物全部 つまり 所持品全部 ハンドバッグも 全て! 会わせて7kg。 昔だが 一回 ジェットスターが 登場時に 所持品全部引っくるめて 量りにかけた事がある。 登場客全員が 7kgオーバー。 それは そうだべ! だって ハンドバッグとか もろもろ みんな持ってるし・・ 機内持ち込み用スーツケースが キッチリ7kg以内という人は まずいない・・。

ってことで 全員が 重量オーバー料金を搭乗時に徴収されていた。 私も含め・・。

そんな経験から・・今日の Latamが ジェットスターを使うとなれば どうなるんだ?  あたしゃー 機内持ち込み手荷物が10kgちょうど (Latamは機内持ち込みは10kg)プラス  ハンドバッグとなるのが たぶんハンドバッグは7kgはあったと思う。

全部で17kg。しかし! クライストチャーチ空港のジェットスターチェックインカウンターでは 無事通過。最初の難関突破!

さて オークランドに着くと 今度は Latamのチェックインカウンターがある・・。 はてさて すでに スペイン語バリバリの世界に突入。

ほとんどが チリに飛ぶ為 回りは スペイン語が 飛び交う。 でもって 南米特有の ダラダラ事務処理が始まっている。 

つまり 長蛇の列。 もう 一生かかるのではないか?! と思える程の列の長さなのに・・ チェックインカウンターは 2個しかない。

他に3個開いてるにも関わらず そこでチェックイン処理をすべく人間が ふぅーら ふぅーらと 動きまわって他の仲間とダベったりしてるし・・。

まぁーおしゃべりの多い事。二人で頭を付き合わせて笑い転げている・・真剣みゼロ。 列で並んで いる人たちも ほとんどが 南米人的なので 全員あまり気にしていない。

イライラしているのは 私だけ・・。

2時間近くは 列に並び やっとの事で ボーディングパスをもらった時の喜びはひとしお。 普通 今時のチェックイン方法とは 24時間前に Online Checkin ってやつができて 空港についた時には すでに チェックインは済み 搭乗券は スマホにある。 

よって 搭乗時には スマホのバーコードやQRコードをスキャンするだけ・・というのに慣れている 時代に 30年前に戻った様。

搭乗券を渡される時に ナンバー2 と言われて・・・ うぅー 何がナンバーツーなんだろう・・?と思っていたら 搭乗口のナンバーだった。

ま これは いいとして 今度は オークランドから Santiagoについて トランジット ここで 自分のBoarding passをみると Group4と書いていある。搭乗口のナンバーが 4か?と思いきや 違う。 掲示板で調べると CO2と書いている。 

おー 二酸化炭素! 二酸化炭素! と呪文の様に唱えながら 歩き進んで行くと・・今度は E と Cとの分かれ道 これは やっぱ CO2だから たぶん Cの方向だべ・・ ということで 突き進む。

シーオーツーと思っていたが・・ どうやら そこは Cの 02番と言う意味だったらしい・・。



2024年1月16日火曜日

ビーツルーツ

Rogerが植えた ビーツルーツが ドンドンでかくなり・・ なんか 立派な大きさになったので やおら引っこ抜き 甘酢で煮た。
けっこう美味!

そのまま食ってもよし・・サラダに混ぜてもよし・・サンドイッチの具にもよし・・。

 

人間の血が心に流れる

大分前だが 若い青年が ホームレスになって それを取材されている動画をみた。 ジックリ見ていると それは ドキュメンタリー形式で その取材者は ずっと 長期にわたって その青年を取材し続けている。

その青年は 最初から ずっと 何を訊かれても 心がもぬけの殻な風情。取材していても 反応がいまいち。

取材している人はドンドン 距離を縮めようとするが・・ 全ては暖簾に腕押し風で・しかし・・その取材者は 辛抱強く続ける。その青年に少しづつではあるが・・協力もして行く。

そして やがては 青年は日雇いの仕事も するようになる。 そして 銭湯に行き 食堂で食事もできる様になる。

そんなある日 取材者が いつもの様に取材していたら 完全に無表情の青年が 突然うつむいて むせび泣くのだ。

取材者は慌てる・・ ど! どうしたんですか?! 大丈夫ですか? と・・。 青年が落ち着くのを 取材者は 気長に待つ。 決して質問攻めにはせず 青年を見守る。

こうなったら 見ている私の方も なんか 固唾をのみながら 青年の落ち着くのを見守る・・。

そしてやがて 青年が少し気を落ち着かせる。 長い深呼吸をして・・ その後青年は 言葉を探しているのか 自分自身を理解しようとしているのか・・又 長い時間が経つ。

そして やっと 最後に出た言葉が・・・

「僕は長い間 感情がなかった・・やっと 普通の人間の血が心に流れたような気がする・・」

その言葉を聞いて 私は涙がボロボロと流れた。


2024年1月14日日曜日

最近のうちの庭 追加

 

もう 何年か前に ちっこい苗木を植えた。
が 全然実はならず....図体だけでかくなる。
もう諦め気味。
あんたは オーナメントでしかないね 的に思っていた。

でだ! 今日 え!! なんか黒い物が付いてる。
もしかして 実!!?
そうなんです! 
立派な実なのです。 近づいてよく見ると 結構沢山実がついてるではないか! かなり感動。

イチジクなんて こっちは 高くて 口に入らない。
子供の頃は 庭に何本ものイチジクの木があって 野生の猿のように よく庭でむしって食っとった。

又 あんな風に食ってみたいなぁ〜 と 夢見ていた。

口に入れると 濃い甘い味、完璧!!

2024年1月13日土曜日

最近のうちの庭

あんまり巻いてないキャベツ

トマトが ガンガンなっている。 まだ 赤くなっていないが・・・全部一気に赤くなりそう・・。

Rogerが植えたブロッコリ。 紫の物で とっても 美しい色をしていた。
が! 収穫もせず ほおってある・・ ちょっと腐って来ている・・。

ついこの前まで ちっこくて 緑だったのが 急にでかくなってきて 赤くなって来ている・・。
今 色んな物が グングン伸びて 来ている。

やんやと咲いていた 花々が 全部枯れかけて・・庭がちょっと汚くなって来ている。
そんな時に 毎年一斉に咲き出す 除虫菊。
年々増えて 一斉に咲くと 壮観だ。

が! 近づくと臭い・・。 これじゃ~ 虫も寄り付かんはず・・。

大輪のアガパンサスも 今が盛り!

今年は BlackBerryが 沢山収穫できそうだ~!!

 

2024年1月10日水曜日

やっちゃん

 日本の田舎に空き家を購入して 改造中に そこからでっかいコンクリブロックが廃棄物としてでた。

ある日 相当縮こまってしまって 腰も相当折り曲がってしまっているおばあちゃんが そのコンクリートブロックを数個欲しいというので いいですよ・・と言うと・・。

やおら 自分の家から (200mぐらい彼女の家は離れている)一輪車をもってきて そこに一個コンクリブロックをいれる。

いれるとはいえ そのブロック 絶対一個10kg以上はある。 私も手伝って 彼女の一輪車に乗せた。でもって 彼女は 意気揚々と一輪車を押すのだが・・ なんせ 彼女の家の方向の道はちょっと坂道・・そう簡単には進まない。 よって 私も助っ人・・ってか 彼女が一輪車に巻き込まれようものなら 大惨事になりかねない。 

助っ人と言うより 私が 押すからと言うけど・・彼女はガン! として受け付けない。 でも私は 全力で その一輪車を押す。

やおら 現地に着き・・私が ブロックを一輪車から下ろすから・・!! といえども 彼女はうんにゃ!! わしがやる!的態度 とその時 彼女はブロックをひっつかんで どさ~!! と 土の上に転げ落とした。

すんげぇ~!! 彼女は肩でひ~ひ~と息をしている。

10個ぐらいブロックが欲しいと おばあちゃん言ってたけど・・・ 

「重たすぎるから もうこれでえぇ・・」と 彼女もあきらめた様子。 私は ”うん! それがえぇ!!”と 深くうなづいたのだった。

工務店の人が軽トラで 10個ぐらいブロックを積んでおばあちゃんの家の彼女がやりたかった 小さい野菜畑を無事囲む事が出来た。

おばあちゃんの名前は やっちゃん 82歳。でもって 彼女の妹の名前は のりちゃん つまり 私ものりちゃん お互いに 声を立てて笑った。

もう何十年も一人暮らし。

やっちゃんが 今度「うちにご飯を食べにきなせぇ~」と言ってくれたので 私は感動した。 もぉ~ どんな物を食べさせてくれるのか・・相当興味津々。 残念ながら すぐその後 私はニュージーランドに 戻って来てしまった・・。

早朝私が 外で散歩していると 遠くに彼女の家が見えた・・ よぉ~く目を凝らすと 家の中から 彼女が大きくこっちに向かって手を振っている・・。突然暖かい気持ちになる。

以前 彼女がしきりに私に言っていた。 もう何十年も明かりがついてない家に あんたが引っ越してきて すごく嬉しい・・・と・・。

夜になって あんたの家の明かりを見ると ほっこりして 嬉しいんよぉ~・・と言う。 毎晩 あんたんちの明かりを見るのが 楽しみなんじゃ~ ずうぅ~っとここに住むんじゃろ・・?と・・。

いいえとは言えなくて 思わず 「うん」と言ってしまった。あれから 数日で 私は ニュージーランドに戻ってしまったのだ・・。

また 会いにいくよ! やっちゃん!! 今度は ごはんごちそうしてねぇ~!

2024年1月7日日曜日

ドキドキ ワクワク

 毎日 予定もなく ウダウダしていたら 腐ってしまいそうで・・。 と言うことで 意を決して いざ! ブエノスアイレスへ! 行くことにした。 

アルゼンチンタンゴをする人たちにとって ブエノスアイレスは 絶対に行きたい所。 タンゴに狂っている人は もう ドップリと ブエノスアイレスに浸かっている。

以前 まだ タンゴを始める前に ブエノスアイレスに行った事があった。 タンゴなんて踊った事もなかったが "The Tango Lesson"と言う映画を観て 絶対にその映画の撮影場所に使われたと言う 場所を訪れたり タンゴのショーを観たりと タンゴを色々楽しんだ。

そして 私が泊まったゲストハウスに 日本人の女の人で そのゲストハウスに住んでいる人と出会った。 彼女とは相部屋で 2段ベッドの一つのベッドで 彼女は暮らしていた。 毎日昼頃にならないと 起きては来ない・・。 

やおら起きたら 黙々と勉強をし始める。 スペイン語をせっせとやっていた。 そして 午後は スペイン語の学校に通う。

夕方 戻ってきたら そこから 化粧だの ドレスアップだのして バッチリ決めて 夜遅くなって出かける。 そして 明け方までタンゴを踊るのだ。 それを毎日繰り返している。

その時 私は スッカリ 彼女の生活に魅せられてしまった。 そして それが 頭から離れず 忘れられない。 もう 8年くらい前だろうか・・。

で 今 グダグダしている私は "そぉ~だ!! その生活をしなくっちゃ~" と思い・・突然フライトの片道切符を購入。 いざ ブエノスアイレスへ!

だが そこに行って 知り合いがいる訳でもなく どこでどう生活して どこで どうダンスを踊ればいいのか・・。 全くもって 検討がつかない。

みんな ブエノスアイレスに行くとなれば ツアーのように固まって行く。 宿も踊る場所も 全部予約され 設定済みの所へ ツアーを引き連れる人にくっついて行くと言うのが普通だ。

そして 必ず タクシーダンサーを雇う。 タクシーダンサーとは 一晩の踊り相手として雇う人。 と言うのも 現地の人で 踊ってくれる人なぞ 絶対に居ない。つまり 踊るのは ツアーで一緒に行く つまりいつも 地元で踊っている人達だけ・・。

それ以外の人と踊りたかったら 雇うしかない。 一晩で10万円ぐらいは払わなければならない。 たった 踊るだけで・・。 ヘタしたら その人の交通費 ドリンク等さえも 別に支払わなければならない・・。

私はそんなのは 死んでもいやだ。 だけど 誰しも異口同音に せっかくブエノスアイレスに行くのに 絶対にタクシーダンサーを一晩だけでも雇わないと 行く意味が無い・・。

やっぱ 頑固な私は 金出してまでも 相手を雇うなんぞ死んでもいやだ・・。 踊る相手がいなければ 踊らないだけだ。 ブエノスアイレスくんだりまで行って 誰とも踊れないで帰って来るなんて 信じられない・・とも言われる。

が・・そんなのどうでもいい・・私は もう ダメ元で いくっきゃ~ないのだ。 ダメなら また すぐ 飛行機に乗って戻って来よう・・。 その覚悟でいけば いいっか! のノリ。 ニュージーランドに移住して来た時もそうだったではないか・・? 

知人 友人もいなけりゃ~ 誰も知る人も居ず 東京のニュージーランド大使館の人が 無鉄砲な人だ! と驚いたではないか・・・。  ホームレスになって 道端で野垂れ死にしても いい・・とりあえず ニュージーランドにいくのだ! のノリでやって来た。

今回もそうすればいい。 帰りの切符くらいは取れるから 野垂れ死にする事はないだろう・・。 と・・。

しかし・・私のタンゴの先生は アルゼンチン人。 彼には 私のブエノスアイレス行きは知らせたくない・・だって 彼を煩わせたくない・・彼はいい人だから 私が ブエノスアイレスに行くと言えば 絶対に 色々世話してくれるだろうから・・。

言っては行けないと思いつつ・・やっぱ タンゴのメッカに行くとなれば ある程度の ダンスステップにビビってはいけないので 自信を付ける為にも 少し ステップの練習もしたい・・。 と 彼との個人レッスンで言ったら いつもと 私の言うことが違うので ブエノスアイレスにいくのがバレてしまった・・!

それからだ! 彼は 私の宿も見つける! ゲストハウスで 安い部屋でキッチンも バスルームも共同と言ちょっと落ちぶれた宿を とりあえず 私は自分で3泊予約していた・・。

が!! 彼は 物凄く素敵な 個室スタジオ キッチン付き バスルーム付き まるでモデルルームの様な所を見つけてくれた。 料金も 私が最初に見つけたゲストハウスの部屋と同じもの。 オマケに タンゴが出来る最高立地。

そして お抱え運転手になってくれる 人も紹介してくれた。 ブエノスアイレスではへたしたら タクシーでも 変な所に連れて行かれて 身ぐるみ剥がされたり・・不当な料金を取られたり・・と色々恐ろしい事もあるだろうし・・。 

と言うことで 先生のよく知っている人を紹介してくれた。 その彼が 空港まで出迎えてくれる事になった。 直接連絡したら 彼の顔写真と共に 歓迎のメッセージを即返信してくれた。もうこれで 現地での 足は 全てその人がやってくれる事になった。

オマケに タンゴの凄い先生にも 連絡をとってくれて その先生のクラスとか ダンスの場所とかも 色々紹介してくれる事になった。 その先生は 世界中を飛び回って教えているので Wellingtonに来た時 私は 一回見ている。 大勢のクラスの中の一人の生徒であった私なので その先生は絶対 私の事なぞ覚えてはいないだろうが・・ でも 物凄くいい感じの人で 私には 強く印象に残った人だ・・。

もしかしたら ブエノスアイレスに行っても 何も出来ずに すぐトンボ帰りで戻ってくるかも? その覚悟で行こう・・・と思っていたのが ドンドン 色んな事が 勃発して 私のブエノスアイレス行きは どんどん ワクワク ドキドキになってきた。

2024年1月1日月曜日

トルコ流コーヒー

今日は Tangoの友人が 私の家に来てくれた。 彼女は Tangoが超上手い。
多分 ニュージーランド内でも トップクラスだと思う。
さて 我が家のプラムを無駄に出来ないって事で やって来たのだが・・・

彼女の出身国は トルコ。
って事で トルコのコーヒーをいれてくれた。

彼女は特別トルコから コーヒーを入れる専用の道具を全部ニュージーランドに持って来ている。

上の写真は 一人か二人分のコーヒーを入れる量のポット。

ひいたコーヒー豆を入れ 冷たい水を入れ・・・ゆっくりと温めてゆく。 絶対に沸騰して溢れる事の無いように 慎重に温めてゆく。

沸騰点に達する ちょっと手前 泡が出て来そうな時に 火から下ろす。

全て の過程が 厳密でなくてはいけないのだそうな・・。
彼女は お母さんとか おばさんとかに教わって その通り!! に やっていた。

沸騰手前のコーヒーを スプーンで 引いた豆と一緒に液体も入れる。
カップに入れる時に 小さい泡が発生しなければ ならないとの事。
泡が発生すると言うことは ちゃんと ひいた豆が コーヒーを作ったと言う印なそうな・・。

カップは すごく小さい・・エスプレッソのサイズ。
本当に 香りを楽しむ・・と言う形で ガブガブと飲む物ではないらしい。

さて コーヒーをやおら 少しづつ 口の中で香りを楽しんだら カップの底に引いた豆が沈んでいる・・これが 口に入らないように 注意して 飲み干すのが 礼儀。

そして 飲み干したら カップを ソーサーに逆さにして伏せる、

伏せたら お喋りとかして カップの底に沈殿した豆のカスが ちょっと乾くくらい待つ。

20分ぐらいは 経っただろうか・・そこで やおら逆さにしたカップを持ち上げて 中を見る。
ここからが 面白いのだ。
豆のカスが どう動いたかで 占いをするのだそうな・・。

彼女は かなり雄弁になる。
カップの内側に流れた 筋は 生きる道として見る。 カップの縁が 自分になるので・・・
この場合 細い道 太い道 ややこしい太い道とか 何本かある。 
そして それらの道の発生地が カップの底に現れる。
この写真ではよく分からないが 彼女が 私によ~く 道の発生地点を見て! というので ジックリ見てみると 彼女の
言うように たしかに ワニとか 蛇とかの様な形が見える。
動物の種類によって それは 困難なものか 安易にものか とかが 分かるのだそうな。
彼女のカップの場合は 困難な物 災害を起こす物的 動物だから 注意せよ・・と言う意味らしい。 そう言う道がやって来るから・・。 

そして カップの底にダマになって 固まっているコーヒー豆のカスが 盛り上がっている。 それは 胸の膨らみを表し・・・大きく盛り上がっていれば 大きな希望らしい。 その盛り上がり方で 希望の大きさが見えるのだそうな・・。

彼女のは 普通の大きさで 希望は ま~ま~ なんだそうな・・。

さて まだまだ 占いは 終わらない・・。
今度は ソーサーを カップに傾けて 逆さに伏せて カップから垂
れた分の液体を カップに垂らす。

この場合 大きな塊が ソーサーに残り 一筋の線が出来ている。 大きな塊は お金なんだそうな。 沢山お金を持つことは出来るけど・・まだ 今ではないのだそうな・・。

これも ソーサーの縁が 今の自分なので・・ 自分の方に お金が 少し流れては来ているけど・・まだ 細い線なので 少しづつ 将来 お金が流れてくるのだそうな・・。

と ま~ ほんの少しのコーヒーを入れるのに えらく時間がかかり・・その行程を楽しみ・・・ コーヒーを飲んだ後も また ゆっくりと時間をかけ・・ そのカップから 自分の将来を占うのだそうな・・。

まるで 長い物語を聞いてる様で 楽しいし・・興味深かった。 これは 余程 読む力がないと そう言う物語も 言えないなぁ~ と思った。

これが トルコ流 コーヒーの楽しみ方 なのだ。

 

プラム

もぉ〜 プラムはボタボタ枝から落ちて 地面から 発酵した匂いが漂う。
ほとんどの実は鳥が啄み それも 1回つついては次の実へという食い方をするのdrそのつついたところから 腐って行く。
本当に贅沢食いをする鳥たちなのだ。


それでも まだいける実を 今日は総出で収穫。
ハシゴをかけて カンガルーの様に前に袋を縛り付け 両手フリーの状態で 実を取る。
両手フリーにしないと 高いところでは 片方の手はしっかりと枝に捕まり もう片方の手でプラムを取るのだ。

直ぐ火を入れないと腐るので ルミちゃんと一緒に 全部 洗って 煮て 果肉と 種を分ける作業をする。

キッチンは 赤い汁が飛び散り まるで バラバラ殺人事件の現場と化する。

グラスに氷 ソーダ水 砂糖 そして プラムを入れて混ぜる。 綺麗な ピンクの飲み物が出来た。美味い! 新鮮な 自然の恵みの味がする。

あまりにも沢山の濃縮ジュース。 どうやって消費すべ....と 今度は 頭を痛めるのだ。

 

2つのパフェ

 閑散としたショッピングセンターで 普段 絶対食ってはいけないと思ってる アイスを食お〜と マクドへ。

1番安い 1番ちっこい ソフトクリームを.....と心に決めていたのに ついつい 指が滑って オーダー パネルの中央に鎮座している カラメルパフェをtouch。

もう こうなったら 小さいソフトクリームでも パフェでも カロリーはそう違わない.....(いや 相当違う...)。

でだ 私のカラメルパフェの番号が呼ばれて行くと かわいい 若いおねえさんが ニッコリして....

間違って チョコパフェを作って カラメルパフェを作り直したんだけど 2つとも あげるけど いる?

と言うではないか!!

ん〜.....困った 困った カラメルパフェ1つでも どんだけ罪の意識が凄いか あんた わかってんの!

と言いたいけど そんな事言わないのが 私の中にいる悪魔。

一瞬 間を置いたが 私は 強くうなづいて うんうん! 2つとも貰う!! 

と ひったくるように 2つを両手に持つ。その辺で 幸福度が頂点に。

だが ゆっくりと座って堪能しようと思ったが どぉ〜も やっぱ 罪の意識が......

目の前に小学生らしき2人の男の子がじゃれ付き合って 暴れてる。

これひとつ上げる と チェコパフェを差し出したら 二人とも目を輝かせて

え〜 いいのぉ〜 といい受け取ってくれた。

ということで 私は1つのパフェを最高に満足しつつ味わったのであった。