樺沢紫苑 精神科医 や 増田祐介 精神科医のYoutubeを 垂れ流しで 連日暮らしている。
私が 若造だった ティーンエイヤーから二十歳代の頃 苦しくて・・苦しくて 死んだらどんなに楽になるだろう・・ と言う暮らしをしてた。 事実 死に場所を探してさ迷っていた時代だったろう・・。
そんな自分が 理解出来ず・・もうどうしようもない八方塞がりの時・・。 藁をも掴む心地で 本を読み漁った。 活字なんか大嫌いな 知能の低い私が 最初に本と言う物を手にとって 読み漁ったのが 精神分析の本だった・・。
自分がなんで こんなにも苦しいのか・・ 少しでも楽になれれば・・と 思うばかりに読み漁った。 が・・ 解答的な物は 何も見つからず・・。
ニュージーランドに移住して 最初にやったのが 高校の夜間でやっている 大人の為の心理学の学科・・。 英語が出来ないので 到底無理と思ったが 先生がとても優しくて 最後の単位獲得の為のテストは 私一人 辞書付きで 別室で 受けさせてくれた。 そして 合格した。
今でも そこで 教わった事はほとんどわすれたが・・ 人間の脳と言う物は 大体 遺伝的な物が 多い。 と言うことだった。 それは 私の大きな救いになった。
つまり こんなにも バカで 生きてる意味もないゴミみたいな自分は 自分の親から出来たのだ・・ と言う事で 自分のせいにしなくてもいいのだ・・。 と 開き直れた所だ。
両親が 私の存在すら おぞましい と思って 育てた・・が・・ それは そうであろう・・ 立派な親に こんな ゴミが生まれて来たから 抹消したいと思うのも仕方が無い・・。
が "そんなお前達のDNAを持ったのがこの私 ざまぁ~みろ" と 心の中で ほくそ笑んでいた。
それから 近くに大学があったので 手続きしたら 入学した。(海外では誰でも ちゃんとした入学手続きさえ踏めば ほとんどだれでも入学出来る) 英語も出来ない私が 大学で学べるなんて 大それた事なんぞ 考えてなかった・・。
心理学専攻・・ 英語を母国語とする連中でも ほとんど 落ちこぼれて行く学科。 でも 毎日の講義は楽しかった。 心が踊るくらい 面白くたのしかった。 学生と講師とのやり取りが また ウキウキした。
結果としては 膨大な文献を読み 膨大な論文を提出しつつ単位を取って行かなければならないので 当然 英語の出来ない私は それが出来るはずもなく・・ 一年で 脱落。
だが その一年でも 国立大学で ほとんど 無料。 そこで 膨大な事を 知り そうとう得した。 段々 私の生きる 方向性とか 生き方 と言うのが 少しづつでも 見えて来た感があった。
そして 今・・ 樺沢先生と 増田先生の 千本を超える YouTubeを 聴いていると なんと 簡単な分かりやすい! まるで 子供の本を読んでいる様に 分かりやすい・・。
彼等 精神科医の言葉の 一言 一言が 身に沁みて 理解出来る。
なぜ 自分が二十歳代の頃 仕事の帰り 電車の窓に向かって 立っていると あとから あとから 涙が出て来て 止まらなかった。 電車の帰り道は 泣くだけだったのを思い出す。
苦しくて・・ 苦しくて・・ と言う意味が よく分かる。 死ぬほど苦しいのだ・・。 死んだらどんなにか楽だろう・・と 言う時代を 長年歩いて来た。
そんなやからが 今 とても多いとの事。 自殺者が 世界でもダントツに多の日本国。日本社会は 若者にとって・・ いや 人間らしい 繊細な心を持つ者にとって 本当に生きづらい場所なのだ。
だから 私は 日本を脱出したのだろう・・。
今でも 日本は美味しい物が沢山あって・・ 素晴らしい国だぁ~・・ といつも思うが 日本に根を下ろして 住み着こうとは思わない。 日本は 遊びに行くところであって 生きる所では無い・・・。
今の 日本の若者に 言いたい。 樺沢先生や 増田先生の言う事は 凄いぞ! 何も考えずに とりあえず 彼らの言うことを信じていいぞ!! と言いたい。
私が若かった頃 それらの先生に出会っていたら もしかして 日本に住み着いて居られたかもしれない。
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