2024年11月19日火曜日

死の床からのメッセージ

 今度の旅は 色んな事に気付かされた様な気がする。 頭で解っていても 実感として解っていなかった様に思う。

ビル・ゲイツが 死の床にいる時に残した言葉を旅の開始時期に読んだと言うのもあるかもしれない。

すでに 前に彼の言葉は以前読んでいて その時も かなり実感して理解したつもりだが 今度は ガン!! と 頭に突き刺さった感があった。

彼の死の床で彼が聞こえるのは ピッ! ピッ! と言う彼がまだ 生きていると言う証拠の 彼の体に接続された機械から出る音。 その音だけが 唯一彼が まだ 生きていると言う証であって それ以外は一切無い。

つまり 彼は もう 生ける屍と化していて・・ 死んでると同じ。 と彼は実感している。

巨万の富があろうと・・ 動く事も出来ない。 自分の足で 手で感じる事も出来ない・・まして 喜びと言う物も 幸せと言うのも 心地良い風も 巨万の富があっても買うことも出来ない。 全くもって死んでしまったと同じ・・ 的な事を言っていた。

だから 今 もし 自分が生きているのであれば 例え自分の足で立って 歩ける・・ 自分の手で何かを掴むことが出来る・・それだけで 幸せな事なのでは・・。

ましてや 仲間とか 愛する人と 楽しい時を過ごせるのは かけがえの無い物である・・と自分で気付く。 そして それは いくら宝くじで 沢山のお金を得たとしても なんの足しにもならない。 お金で買える物では無い・・。

若い時は お金があれば ある程度の幸せも買える・・便利さが買えれば 時間すら お金で買える事が出来る・・ と思っていた。

が たとえ 巨額の富を得 世界旅行がファーストクラスで出来たとして それが 幸せに変わるか? と 自分に問うた時・・ ・いや 絶対に幸せとか 喜びとかは買えない気がした。

その瞬間 瞬間は 嬉しい気持ちがあるので 幸せな気分になれた・・と思っても それが 本当に 自分の気持ちを充実させる物であるか? と 自分に問うた時・・なんか 虚しい気持ちしか残らない気がする。

やはり 仲間とかで 一緒に何かをしたりして 気持ちを誰かと共有する・・共有できると言う幸せは 一人で感じる物とは違う様な気がする。

若い時なら 幸せとかと錯覚すると思う。 だが そんな物は どんなに沢山の喜びとか幸せが お金で買えたとしても 必ず 虚しさを感じる時が来る様な気がする。

が 70際も越してしまうと・・それに気付く。 虚しさが来る事を知っているからだ。

そして 体が動く事でも 若い時は それが普通であって・・動ける喜びなんて

考えた事も無かった・・。何もかも 若い時は 本当の喜びや幸せに気づかないのだ。

高齢になればなるほど・・ 死が近づいてくれば 来るほど 本物が見えて来る様な気がする。

この旅で 右膝の痛みが発生して・・それも半端ない痛さ。 びっこを引きながら辛うじて歩ける。できれば 左足を切断した方がましなのでは・・? とか思ったりもする。 風邪を引いて 動けなくなったり 中毒的な症状で 吐き気と激しい下痢になやまされると・・もう 旅なんて 金輪際したくない・・と思ったり。 つまり もう旅なんて 出来ないのだなぁ〜・・と思う。

しかし!死の床で もう引き返せない状態よりは まだまだ 自分は生きているのだし・・ 震える様な歓喜すら 感じる事もできる。 そんな自分に 果てしない幸せを感じる。まだ 自分は 死の床にはついていない。 でも それは いつどこで すぐやって来る事だって有り得る。

それを思うと これから生きる一瞬 一瞬の時を 大切に 使って行かねば・・ と 思わずには居られなかった。


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