2024年8月17日土曜日

自分のせいではないから 生きてていい


 樺沢紫苑 精神科医 や 増田祐介 精神科医のYoutubeを 垂れ流しで 連日暮らしている。

私が 若造だった ティーンエイヤーから二十歳代の頃 苦しくて・・苦しくて 死んだらどんなに楽になるだろう・・ と言う暮らしをしてた。 事実 死に場所を探してさ迷っていた時代だったろう・・。

そんな自分が 理解出来ず・・もうどうしようもない八方塞がりの時・・。 藁をも掴む心地で 本を読み漁った。 活字なんか大嫌いな 知能の低い私が 最初に本と言う物を手にとって 読み漁ったのが 精神分析の本だった・・。

自分がなんで こんなにも苦しいのか・・ 少しでも楽になれれば・・と 思うばかりに読み漁った。 が・・ 解答的な物は 何も見つからず・・。

ニュージーランドに移住して 最初にやったのが 高校の夜間でやっている 大人の為の心理学の学科・・。 英語が出来ないので 到底無理と思ったが 先生がとても優しくて 最後の単位獲得の為のテストは 私一人 辞書付きで 別室で 受けさせてくれた。 そして 合格した。

今でも そこで 教わった事はほとんどわすれたが・・ 人間の脳と言う物は 大体 遺伝的な物が 多い。 と言うことだった。 それは 私の大きな救いになった。

つまり こんなにも バカで 生きてる意味もないゴミみたいな自分は 自分の親から出来たのだ・・ と言う事で 自分のせいにしなくてもいいのだ・・。 と 開き直れた所だ。

両親が 私の存在すら おぞましい と思って 育てた・・が・・ それは そうであろう・・ 立派な親に こんな ゴミが生まれて来たから 抹消したいと思うのも仕方が無い・・。

が  "そんなお前達のDNAを持ったのがこの私 ざまぁ~みろ" と 心の中で ほくそ笑んでいた。

それから 近くに大学があったので 手続きしたら 入学した。(海外では誰でも ちゃんとした入学手続きさえ踏めば ほとんどだれでも入学出来る) 英語も出来ない私が 大学で学べるなんて 大それた事なんぞ 考えてなかった・・。

心理学専攻・・ 英語を母国語とする連中でも ほとんど 落ちこぼれて行く学科。 でも 毎日の講義は楽しかった。 心が踊るくらい 面白くたのしかった。 学生と講師とのやり取りが また ウキウキした。

結果としては 膨大な文献を読み 膨大な論文を提出しつつ単位を取って行かなければならないので 当然 英語の出来ない私は それが出来るはずもなく・・ 一年で 脱落。

だが その一年でも 国立大学で ほとんど 無料。 そこで 膨大な事を 知り そうとう得した。 段々 私の生きる 方向性とか 生き方 と言うのが 少しづつでも 見えて来た感があった。

そして 今・・ 樺沢先生と 増田先生の 千本を超える YouTubeを 聴いていると なんと 簡単な分かりやすい! まるで 子供の本を読んでいる様に 分かりやすい・・。

彼等 精神科医の言葉の 一言 一言が 身に沁みて 理解出来る。

なぜ 自分が二十歳代の頃 仕事の帰り 電車の窓に向かって 立っていると あとから あとから 涙が出て来て 止まらなかった。 電車の帰り道は 泣くだけだったのを思い出す。

苦しくて・・ 苦しくて・・ と言う意味が よく分かる。 死ぬほど苦しいのだ・・。 死んだらどんなにか楽だろう・・と 言う時代を 長年歩いて来た。

そんなやからが 今 とても多いとの事。 自殺者が 世界でもダントツに多の日本国。日本社会は 若者にとって・・ いや 人間らしい 繊細な心を持つ者にとって 本当に生きづらい場所なのだ。

だから 私は 日本を脱出したのだろう・・。

今でも 日本は美味しい物が沢山あって・・ 素晴らしい国だぁ~・・ といつも思うが 日本に根を下ろして 住み着こうとは思わない。 日本は 遊びに行くところであって 生きる所では無い・・・。

今の 日本の若者に 言いたい。 樺沢先生や 増田先生の言う事は 凄いぞ! 何も考えずに とりあえず 彼らの言うことを信じていいぞ!! と言いたい。

私が若かった頃 それらの先生に出会っていたら もしかして 日本に住み着いて居られたかもしれない。


2024年8月16日金曜日

お客様は神様の時代は とっくに終わっている・・

 今でこそ 客が神様だから と えばり散らかすのは あまり好まれない様になって来た・・。 が! ちょっと前までは やはり 客が神様だぞ~! 的にえばり散らしていた・・・。

が! 35年前に 私の始めた宿業では お客様は神様とは 一切考えられなかった。 

私自身 見知らぬ土地 ニュージーランドにやって来て・・ 客である私は まるで 乞食か 万引き犯人扱いを 常にされた。

つまり それは 人種差別や 地の果てと言われているニュージーランドでの排他的社会構造もあったかも知れない。

そんな中で 私は 揉まれ 傷つき・・ わけも分からないがまま 宿業をガンガン膨らませていった。 

世界中からやって来る客は とりあえず 訳の分からんアジア人女のレセプション(私のやってた宿のレセプションは若い女の子ばかり)を小馬鹿にし・・・横暴な態度を取るやからが後を絶たない・・。

そんな中 私が身に付けたのは "人として 全ての人と接する" それが 完全なる基本となり バックボーンになったのだ。

人間として 我ら(私の宿の業務に携わる人全員)を人として接する事の出来ない人は 排除する! と言うのを ぶっ立てた。例え客であろうと・・。

そうでないと 一ミリも 事は進まないのだ。 ゼロから始めた 私の宿業が 最後は 100人以上の客を収容出来る様になったのも その "人は人として接する" と言うのに しがみついて 徹底していたからだと思う。

宿のレセプショニストには 徹底して "自分が気に食わない客は取るな! 追い出せ! " の教育した。

今でも それらのレセプショニスト達は 口を揃えて 私に感謝している。 "自分の判断で 客を断ったり 追い出したり出来るのは やりがいのある仕事だ" と・・。

多分 戦争が終わって 急激な経済成長が世界中で広まり・・ 金を使うやからは 神様みたいに大切だったのだろう・・。

だが・・そんな時代はもう終わった。 金があろうと なかろうと・・幸せに生きるにはどうすればいいのだろうか・・を 模索する時代になって来ている。



災害時の人の行動

 今 日本は 台風で 大変な事になっている。 天災と言う物は 本当に 人のせいには出来ないので 歯がゆい物なのだ・・。

が! 便利に生活している 今の時代では ちょっとでも思い通りにならないと なぜか 誰かのせいにしなければ 済まない人種とか いるものだ・・。

予報がまちがったとか 対処の仕方がずさんだった・・ とか ま~ 難癖つければ キリがない・・。

理屈で 通せば それで 通らん事もないのかも知れない・・。 法に訴えれば それはそれで 通ってしまうこともある・・。

が・・ そんな事を 重箱の隅をつつくような事をしたとて・・ 誰の為にもならない・・。 歯がゆいとか・・ 怒りでつらみつらみも 起きて来る場合もある・・・。

建物のずさんな管理で 天災がおきた時に 建物が壊れて人が死んだとなれば・・それはまた 話が違うが・・。

ディズニーランドが 台風で早めに店じまいしたとなれば 遠方から来た人で 長いこと楽しみにしていた人にとっては 大惨事であるのは間違い無い・・。

以前の私の宿業でも クライストチャーチ大地震で 水も電気も 全てが止まり・・ 突然完全麻痺状態に陥る・・。 

そこで 勃発した客の暴動・・。 金返せだの・・ どうにかしろだの レセプションでは 大騒ぎ! ありったけの現金を持ち出して (電気が止まれば ネットも止まる・・故に返金システムも全部停止)やっとの事で 総出して暴動を収める・・。

ある程度の暴動が収まった時・・ 静かに 自分のキャンプ用品や 食料を持ち出し・・ 外のバーベキュウで 煮炊きをして・・ 暗くなったら ロウソクや 電池式明かりを灯し・・

なんか ロマンティック パーティーだね・・と雰囲気を盛り上げた 客達も多かった・・。

涙が出そうに嬉しかった。

人は 非日常や 不便が突然勃発した時に 完全に二つに別れる 行動をするのだな~ と 今も その事は 忘れられない・・・。

2024年8月15日木曜日

不思議な人

 私は 友人で 尊敬すら出来る人がいる。 彼女は ちょっと見は ボーグのファッション雑誌のモデルにでも見える。 だから 初めて タンゴのクラスで彼女を見た時は ウワッ! こいつ ぜぇ~ったい お近づきになれる人種ではない・・。 と思った・・。

が あれから 6年・・・。 私は 初めて 日本人ではない人種で 日本語ではないコミュニケーションで 意志の疎通が 自然に出来る人にであった。

日本人で 日本語での 人とのかかわり合いは かなり深い所まで 繊細な所まで お付き合いができる・・ だが 日本の習慣もない 日本語が母国語ではない人種とのかかわり合いは 無に等しいと思っている。

だが! 彼女は 一味違うのだ。 なぜかわからんが・・ 彼女は 私が話す時 真剣に聞く。 っていうか 耳を傾けるって具合。 一事も漏らさずに 聞きたい・・ってのを感じる。

そして 私にすごく興味を持ってくれる。 私のすることなす事に 深く 興味を持つ。 自作の服とか来ていると こと細やかに どうやって作ったかを訊いてくる。 そして絶賛してくれる。

私の旅の内容も細かく訊いて来る・・。 とりあえず 半端なく 私に興味があるのだ。 私も最初出会った時から 彼女のする事 なす事に興味があった・・。

そして 到底自分はできない! って言う事を 平気でやってのけたりもする。 例えば 自分は痩せたい! と思って・・・ もしかして 山に一人で篭って キャンプしつつ 食生活を改善すれば やせれるかも? 自宅にいると 周りに食いもんが無限にあるから ダイエットができないのだ・・。

と思い続けて・・ トライした事がある・・。 なんの事はない・・車さえあれば 町に出かけて行って しこたま 食いもんを仕入れて来て 結局 食いすぎキャンプをした事がある・・。

だが! その彼女は 1週間 断食を 山に篭って 一人でやってのけた・・と言う話をしてくれた。

旦那さんが彼女を 一週間後出迎えに行った時は 彼女は 女神の様に 幸せに輝いていた・・とか・・。

本当に神の域に入ったのであろう・・。 

そして又 最近 私が海外からニュージーランドに戻ってきたら 彼女 両腕を複雑骨折したとか・・。 なんじゃ~!! そんな事ってあるんか~? んでもって そんな事で 生きていれるんか?ってか ま~ 息は出来てはいるけど・・ 精神力ってのが付いてきてるのだろうか? と思わずには居られなかった・・。

両腕が突然使えなくなって・・それからの精神的負担を彼女は どうやって 生きてきているのだろうか・・・?

そして やっと 彼女と彼女の夫が 二人で 私に会いに来た時は ふだんと全く同じだった。 まだ 両腕は腫れて あまり使えてなかったけど・・。 いつもの 零れる程の笑みは 以前と同じ。

旦那さんが 食事を口に運び・・ 服をきがえさせ・・体を洗い・・ の生活だったそうな・・。 普通の科学治療の医者ではどうにもならず オークランドまで行って インドのなんちゃらって言う とくべつな治療法を見つけて まるで奇跡の様に急によくなって来たとか・・。

今までの経過を聞くと 壮絶な道を辿っている・・。 今もなお 毎日 温水プールとサウナを欠かせない・・。 そして そのインドの治療と・・。

そして 彼女は 「毎日1%よ!」を繰り返した。 一日 1%の進歩が嬉しくて仕方がない・・と目を輝かせていた。

私が出した 食べ物を 箸で摘んで 「ほら! 今日も1%の進歩!!」 と 相当自慢げ!

私も 腐っていてはいけないのだ・・ 両腕も動かせるし・・ 両足もあるし・・ 耳も聞こえ 目も見え・・もういい事だらけなんだから・・。

彼女を見習って 生きて行こう!!




彼女のジャズの歌は プロ並みに上手い。聴いてるだけで 女の私も惚れ惚れする。 自宅に録音スタジオもある。 ピアノだのギターだの 普通に弾ける。 なんだかしらんが 半端ない金持ち。

日本の高級レストランで 食事をしていたら 見知らぬ日本人の男が 高級ワインを差し入れてくれた。 ボーイが運んで来て 囁いた 差し入れ男の方をみたら その男 グラスを上げて 乾杯の仕草をしたとか・・。

ま~ そのくらい やるだろうなぁ~ 彼女は そんな風情を 常に醸し出しているのだ・・。

 常に 空港とか 高級ホテルとかで ホームレスばばぁ~ の扱いをされ シッシ! と追い払われる 私とは 真逆な人なのだ。

負の連鎖からの脱出作戦!

 ここニュージーランドに やって来た頃 不思議な人に会った。 若造だけど・・ 常に 国から 脱出して 戻って来ない・・。 人生のほとんどは 外国を放浪して暮らしている。

私が 宿業をやっていた頃そんなやからにも 沢山出くわした。 どこからともなく 現れて・・と言う感じで 宿に泊まる。 かなり貧乏だし・・ ホリデーでもない・・。

不思議な存在なのだ・・。 そのうち 何がしらの日銭稼ぎの 日雇いで暮らしている・・。 そしてまた いつか 居なくなる。 

見かけは 大体 ホームレス。  そう言うやからは 一つの所に落ち着いてはいれないのだそうな・・。 なぜだかわからんが・・。

そう! 寅さんなのだ・・。 そして 私の理想の生活がまた 寅さん・・。 って事は やはり 私は マグロの様に 常に動き回っていないと いけないのだ。 止まると死ぬ・・。

なんか 薄々 自分が そうではないか・・とは思ってはいたが・・やはりそうなのだろう・・。

海外にいる時はいいが・・ ニュージーランドに戻って来たとたん・・ なんだか・・無気力に陥る。 やらねばならない 雑用はゴマンとあるのだが・・どうも それに 指一本触れられず・・ ガンガン 無気力に落ち込んで行く。

この悪循環の連鎖を止めなければ ドンドン奈落の底に落ち込んで行きそうだ・・。

とりあえず 身の回りの放って置いた雑用からとりかかろう! 負の連鎖から 抜け出さねば!

2024年8月13日火曜日

歯医者

 煎餅食ってたら 突然 前歯の一本が ムシッと 音をたてた・・!

やおら その歯を動かすと 取れた! やば!! 鏡を見ると 見事に 歯茎の付け根から 折れている。 歯茎に残ってる歯の根っこに 取れた 歯をくっ付けてみようとしたら 飛び上がる程痛く 神経に触れた・・って感じ。

やばい! やばい!! 早速 歯医者に電話。 かかりつけの歯医者は9月15日までホリデーで 戻って来ないとのこと。 真冬のニュージーランドでは かなりの人(金持ち)は 長期ホリデーを 北半球で過ごす人が多い。

タンゴの連中でも かなりの人たちが 北半球にバケーション・・。 

う~~む・・ もぉ~ 誰でもいいから 誰か このポッカリと抜けた前歯をどうにかしてくれ~!! と 歯医者の受付に泣きつく・・・。


来週の〇〇日なら・・・ と言うのを 聞かずに・・ うんにゃ!! この前歯のギャップでは あたしゃ~ 人前には出れない・・。 家に監禁してろってのか~? 

なんでもいいから 5分とか 10分とか でいいから どうにか 誰か治療時間をとって このギャップを早急に埋めてくれ~! と 叫んだら

 じゃ~ 明日来い・・と 言ってくれた。 てめぇ~ やれば できるんじゃん・・。

と言うことで 行ってきた。 

3人居る 歯医者の内 二人もホリデーで居ない・・って事で 残った一人が担当してくれることになった・・。

出てきた歯医者・・ 多分 歯医者の免許をとって まだ ベイシェント 何人目? と言うアジア人男の子。 なんか  まだ 深夜まで コンピューターゲームをしている ガキに見える・・。

が・・もう 私には なんのチョイスも残っていない・・ 彼に 委ねるしかないのだ・・。 彼が言うには とりあえず 歯茎に残った根っこを抜く・・その後 そこにまた インプラントして ちゃんとした歯を入れる・・。

と言う・・。 だが 歯抜けのまま それを待てば 3ヶ月から半年かかるってのは 私は知っている・・。

だから とりあえず あたしゃ~ ダンスに行ったりせねばなんねぇ~ので 見た目の歯抜けババァ~をどうにかして欲しい・・。 部分入れ歯でもなんでもいいから・・。

と言うと・・ 部分入れ歯を作るのにも 2週間ぐらいかかる! と彼は言い放つ・・。

うんじゃ~ 部分入れ歯が出来るまで どうにか 見た目 歯抜けでない様に見える方法ってのはないのか?! 食い下がるあたし・・。

うんじゃ~ 取れた歯を 両脇の歯にくっ付けてはあげるけど・・。 触ったら すぐ取れるよ・・。 と言う。 それでもいい! とりあえず くっつけてくれ・・。 と頼む。

って事で 根を抜く作業開始・・だが 彼が 必死で抜こうと頑張る・・アタシは抜歯の戦いに 頭もグラグラ・・ もう 気を失いかけるくらい・・まるで拷問・・。

一時間くらい経過しても 抜けない・・歯医者が 次のペイシェントが待っているので ちょっと行ってくる・・と行って居なくなった。

私は もう どうでもいいから 逃げたくなった・・ 血だらけのガーゼを噛んで 息を整える・・。

40分後 戻って来た 歯医者が やおら又 抜歯作業につこうとしたが・・ 顔面半分 麻痺しているのに・・神経は蘇って ちょっと触れたら飛び上がった・・。

またもや 一からやり直し・・しこたま 麻酔の注射をあちこち刺されて・・戦いが始まった・・。 結局・・抜けたのではなく・・ グラインダーで切ったり 押したり して 細かく切り刻んで 取り除いたって感じ・・。

最後は 歯茎の止血の為・・結構沢山縫っていた・・。 終わった時 トレーにあった 血だらけのガーゼをみたら 大惨事であったのが見て取れる・・。

強い 痛み止めの処方箋を貰って 歯医者を出た時は・・夕方になって ヨレヨレで家路についた・・。

2024年8月5日月曜日

生きるのは今の内

 人は 他の人が死ねば 2年もすると 死んだ人の事は忘れる。

今 自分の行動に他を気にして制限するのは 馬鹿げている。

人がなんと言おうと 思おうと 今 しか 自分の思うように出来るチャンスは無い。

死んだら何も出来ない。

2024年8月3日土曜日

Hanmer Springs

久しぶりに Hanmer Springsへ
真冬だけど あらためて ニュージーランドは美しい国だなぁ〜 と 景色に見入ってた。

昨夜は マイナス11度まで下がるとの予報だったが マイナス3度だった。
とはいえ 朝日の出る頃は 指先がちぎれそうでたまらんかった。

家も道も 植物も ありとあらゆるものが 霜で真っ白だった。

せっかく咲き始めたボケの花
寒さで凍えてます。

 
水溜まりは 全部 バリン バリン