2022年12月31日土曜日

ほた〜るの ひか〜り♪

今年の終わりにはタンゴダンスパーティー。

カウントダウンをして 零時の瞬間に みんな大騒ぎ ハグとキスをみんなでしあって

1年が終わり 又 新しい年が始まりました。




ステキなバルーンとダンスの先生と

 

2022年12月27日火曜日

クタクタの日

 

今日はオークランドに出かける。
Dunidenで出会ったというか 踊った人が素晴らしくて 忘れられなくて
探し当てたら見つかって。

ネットでその人の事を調べたら 結構すごい人で どうしてもその人を深く知りたくて 個人レッスンを 頼んだら OKしてくれたのだ。

急遽飛行機の切符を取ってやってきた。
レッスンは希望以上によかった。

早朝から動き回ってたら ダンスレッスン後はクタクタではらペコペコ。

その辺でなんか食うものでも買って ホテルに入って今日はもう寝ておしまい!

とおもいきや オークランドの友人がホテルにチェックインしてる時に電話で ダンスがあるので 行くべ〜と言うので  あれよ あれよという間に ダンス会場へ。

でもそこは公園で 清々しくて気分は最高だった。


ダンスで足がボロボロ歩くのも ダラダラ。
でも腹はペコペコなので 足を引きずってゆくと面白いレストランに連れてってくれた。

食材を自分でいくらでも選んで それを希望に応じて料理してくれるのだ。

私がスープにしてくれといったら こんなデカイのにもってきてくれた。

この他に無料の豆乳がでっかいグラスに持って来るのだ。

おまけに 友人はゴマの餅団子をたくさん注文したのだ。

最初は焦って食ってたがすぐ腹がくちくなり おしまいには もう腹がはちきれそうになり それでも二人で完食。


帰りは友人がホテルまで送ってくれたが ホテルの入口から自分のベッドに辿り着くのは やっとの事だった。

そのままベッドに倒れ込んで もう今日は動けません!

2022年12月25日日曜日

クリスマス

年々 クリスマス日の人数が減っていく。

全くクリスマスには興味の無いあたし。しかし Rogerは一人で張り切る。

そして せっせと一人でクリスマスディナーを作る。

私が 誰がディナーに参加するんだよぉ〜と言うと
Norikoにぃ〜、 JJにぃ〜 僕とぉ〜、大吉!  (我が家の猫)   ほ〜ら 4人もいる。 盛大だねぇ〜! と悦に入る。




 

2022年12月18日日曜日

自分を撮ってくれて嬉しい

ダンスでは必ずカメラマンが居て バシバシ撮ってくれる。
私はいつも 自分が撮った写真ばかりで 自分を撮って貰った事はついぞない。

でもダンスを始めて 自分を撮ってくれる人がいてくれて とても嬉しいのだ。













 

ラッキー🍀

Kiwihouseで10年以上も働いてくれたさおりさんが 田舎の家にお泊まりでやって来てくれた。

彼女は 夜空の満点の星目的。
でもこれは曇ってて残念。

でも他の目的 オポッサムもウサギも見れて御満悦。

うなぎ釣りにも挑戦。
でも餌だけ食われてキャッチ迄はいかず。

それでも 超興奮気味で 満喫してた。
夜なんぞ
 私10時には眠くていつも寝てしまうんだよね〜 と言ってたのに
 私にもう寝ろと 言われてやっと深夜過ぎに寝た。

二人とも 四葉のクローバーなんて今まで見つけた事ないんだよね〜
と言いつつ クローバーの上に這いつくばっていたら 二人とも人生初の四葉のクローバー発見!

さおりさんは疑い深く  ここ もしかして四葉ばっかりかもと言うので 二人とも 二つ目を探すべく もっと目を皿の様にして頑張ったが どうしても二つ目はなかった。

二人とも安心して 幸運を心に抱きしめたのだった。






 

70歳を超えると人間関係のこんがらがったのが 解ける様な気がする

クリスマスから年末年始にかけて パーティのオンパレードなので 海苔巻きをせっせと作る。

海苔巻きはニュージーランドでは かなり人気。

それに ベジタリアン、ビーガン人種とか色々あるけど 簡単に 変化自由自在。

便利なおもてなし料理なのだ。

又もや 田舎のホリデーハウスは人気。
タンゴ仲間のお友達は50年前のRogerの大学時代のお友達。

その大学時代のお友達とRogerの最初の奥さんが又大のお友達。
人は繋がっているのだなぁ〜 とつくづく思うのだ。

そして みんなが 田舎の家に集結。
若い時の気分に戻って はしゃいでた。

色んな 若い時の苦い思いも 70歳を超えると いい仲間の関係に変化すると言う事は感動的でもあるのだ。

友人が私とRogerのツーショットを撮ってくれた。


私の隣の人がRogerの最初の奥さん。

 

田舎のホリデーハウスは来客万来

今年のクリスマスツリーは ホリデーハウスの方におったてた。
家だとでかく見えるが この家でかくて ツリーがちっこく見える。

それでも ライトアップしたら 豪華だった。

お客さんを待つばかりになって ニンマリのあたし。

ダンスの先生と話し込むRoger

客の1人が私のシャベルカーで遊んでご機嫌

宴もたけなわになって来るとだんだん 大騒ぎ。

 

我が家の収穫

私がKiwihouseから種を取ってきて 我が家の庭に植えたルバーブ。
毎年 グングン伸びて 化け物の様になる。
毎日10cmは伸びるのではないかと思わせるように 伸びる。
よって せっせと収穫して調理する。

ルバーブが冷凍庫のスペースをとって仕方がない。
いつか大量にルバーブパイを作ろうと思う。
パイにしたら一瞬のうちにはけるのには間違いないのだ。

いちごは できても できても 土の上で 腐ってしまっていた。
こりゃ〜いかん と思って 庭仕事の店に行って相談したら 
お〜 それなら 藁を土の上に敷きなさい という。
こんな簡単な事を知らずに今までいたのに 自分で呆れかえってしまった。

案の定 次からのいちごは全然腐らない。
今は 数日毎に いちごを食っている。

 

コロナの終結?

クライストチャーチもいくらか観光客がいる。
が!
コロナ以前と同じになるのは まだまだ10年はかかるかも。
いやいや 永久にコロナ以前の状態にはならないかも。




 

2022年12月3日土曜日

自然に生きる庭

 ルピナスの種を温室で発芽させ 苗木にして それから 外にだして 植え付けるを ここ数年繰り返している。 種は自分の庭から出たのを翌年に発芽させるというのをやっている。

他の花も同じく・・種が散らばって自然に増える物・・種をとって翌年植える物・・ そして 球根で増える物・・と なるべく手をかけずに作る庭が私のズボラな庭なのだ。

まだまだ ほんの少しだけど やっと 増えて来た。
今年植え付けた苗木は 数年しないと 花を付けない。

自然の庭を作るのには 年月がかかり過ぎる・・。

でも私が生きている内には ちょっとづつ 充実してくる。
だから ちょっとづつ 生きる楽しみもある・・
 





老いて便利グッズ

 便利グッズなる物が 巷に溢れだしたのは 私が若い頃 日本の高度成長期だと思う。 そして それは 休息に発展して 百均なる物も出だして 今は それは もう当然と言う風に 毎日の生活に浸透している。

でだ! 私は ケチと言うのも手伝って なるべく 無駄使いは避けて来た。 例えば 掃除用具の使い捨て(拭いてポイ!)の物、 典型的な物では ティッシュ これは 徹底的に使ってはいなかった。

我が家に来て 若者が”ティッシュください” と言うと ちょっと腹が立つぐらい ティッシュには 反抗していた。「我が家にはそんなもん ない!」と言い切ると 若者には 不思議な顔をされた。

トイレの紙が 新聞紙を揉んで使うという時代の私には ティッシュなんて物は ありえないのだ。

モチロン ペーパータオルなんぞもっての他。 つまり 昭和初期までの 手作り生活に徹底していた。 慣れれば それはそれで なんの不自由も感じず生活が成り立つのだ。

出だ!なにが 言いたいか? と言うと 私は 一生それで行かねば! とかたくなに思っていた訳ではない・・。

いつか 自分の体に不自由を感じるぐらい老いた時の為に ”便利さ” を残して置いた・・と言った方がいいだろうか・・?

そして 最近 昔の様に体が自由に動かなくなった今・・ そうだ! 今だ!と思った。

つまり 一斉に 今まで かたくなに使わなかった物を 私の生活に導入したのだ! ティッシュはもちろん! ペーパータオル。 

そして ふんだんにラップ類、 ジップロック類等・・ ジップロックの袋は 軽い! 場所を取らない! 透けて見える と言う便利さがある。 

老いて来ると かさばる物の持ち運びはできない。 重くてもダメ そして何より 中に何が入っているか? を脳みそが記憶していない。

よって 保存食品は 全部透けて見える カラスとかジップロック。 旅のグッズは もう100% ジップロック。 ありとあらゆるサイズのジップロックを私は持っている。 それも かなり丈夫な物を吟味して買う。

洗面用具なんて 細かく分けてジップロック、 ちょっと濡れてもジップロックなら安心。 タオルも 服も下着も 部屋ドライヤーやら スマホ充電器やら 化粧品やら スリッパ・靴類 なんでもかんでも ジップロック。

ジップロックは上質の物であれば 空気も抜けて 小さくしてかさばらないので 旅にはもって来いのグッズなのだ。スーツケースを開けても全てが一目瞭然!

百均で便利グッズを買う今日この頃。 

便利グッズは 老人の大きな味方なのだ。

さて 便利さを安易に取り入れるのをかたくなに拒んだのは やはり 受け身にはなりたくなかった自分があった。 便利な物が巷にでているという事は それを考えた人が沢山いたからだ。 考えて 創意工夫をする力のある人が それを作り 売っている。

買わなくても なんでも 自分の脳みそで考えれば 便利グッズなんて不要なのだ。 便利にする為に ちょっとした工夫をすれば 便利になる力があるのだ。 いざと言う時・・つまり 災害にあった時・・自然を楽しむ為に 大自然の懐に抱かれてみたい・・とか 色んな世界に自分の身を置く事が出来る。

今 70を超え 老いた自分がもし お金がなくなり ホームレスになっても 生きて行ける自信がある。死ぬ事があれば それは素直に受け入れよう・・とも思う。

災害が起きて 水や電気がなくても どうにか サバイバルできる自信が 私にはある。 つまり不便さを不便とも思わずに暮らして来たからかも・・?

つまり 小さい不便にはブレず・・・心にゆとりを持つ事が出来るからかもしれない。 災害があろうと 文無しになろうと 恐れる事は無いのだ。

だから 老いた今 便利さを 生活に取り入れても 自分のコアな部分をヤワにする事はないと思う・・。

青シソ

 

どうしようもない程 毎日青シソが収穫出来る。
私は死ぬほどこれが好きなのだ。
よって毎日 サラダに 納豆に刻んで入れたり  大根やきゅうりの一夜漬けやら 消費に忙しい。

冷凍庫にも 場所を取りすぎるぐらい タンマリ入っている。

もぉ〜 要らない。 充分過ぎるぐらい充分。

一生分は食った。

まだ 他に 先日 日本から 密入国させた種が立派に育って来て 青シソの葉をタンマリつけつつ成長しつつある。

ちょっと悪夢。