2024年2月28日水曜日

朝散歩

毎日 いい天気が続く・・。 今まで 宿で寝ているしか能のなかった 生活が長かったが・・ なんと 最近は 外に散歩に行きたい! と思える様になった。 って事は 本当に すばらしい~! 

普通に戻れたのが 嬉しくて仕方が無い。 外に出ると 美しい青空が広がっていた。 

朝なので みんな出勤の人が忙しそうに歩いている・・ その中で ノンドリと時間を気にせず 歩ける自分が ちょっと優越感。

宿のすぐ前が大きな公園になっているので そこに侵入。
緑を縫っての風のなんと いい香り・・ 緑ってやっぱり 人を生き返らせる力があると思う・・。

このでっかい木の枝は 伸びて・・伸びて・・ 枝が 道を超えて 芝生に落ちて来ていて・・ その芝生から 又 光に向かって 上に上がっている。 すごい生命力!

ぶっとい枝は 自力で支えきれなかったのか・・ 人間が 支えをこしらえてあげている・・。 優しい・・。

ブエノスアイレスのガードの人達は なんか ビシッとしてない・・。
だらだらモード・・。
バッキンガムパレスの ガードの人達とは大違い。
ここから 行進し始めたが・・ ま~ 全然合ってないし・・。
大丈夫かぁ~・・?

ブラシ専門店。 
全部手作りっぽく 多分 一生モンとして 使える代物なんだと思う・・。




ブエノスアイレスの街を歩いてて・・ ガラスに映る 自分の姿が・・どぉ~見てもデブ・・。 全然カッコよくないし・・。
どうしても トンガ人の女性の様で仕方がない・・。

と・・ フト トンガに行った時に トンガ女性の真ん中で自分が写っている写真を思い出した・・。 なぜか? それは トンガ女性の真ん中にいる自分が細く見えるからなのだ。
私の持つ 全写真の中で この一枚だけが 自分が細く見える物なのだ・・。

いい写真だぁ~・・!


2024年2月25日日曜日

ショーの帰り道 飽きないのだ

ショーに出かけて 帰り・・ Rogerも私も腹が減って仕方がない・・。 それもそのはず 一日じゅう ゴロゴロしていて ほとんど 食事らしい物は なんにもせずに 出かけた。
って事で なんか食ってから帰ろう! って事になって レストランへ。

私はほうれん草とモッツレラチーズの入ったラビオリのデカイのに トマトソースのかかったの! これが トロトロで美味かった事! 感動的な美味さだった。 大満足。
最近やっと まともに物が食える様になったのも 嬉しい限り・・。
抗生物質他 沢山の薬を飲んでいたので 胃をやられて・・何を食っても たとえ ちょっと水を飲んでも 胃が刺激されて 胃痛を起こしていた。
それが 急に なんか食べれる様になったのだ。とは言え 量はホンの少しだけだけど・・。

腹もクチクなって Rogerと私は チンタラ チンタラと 宿へと歩いていたら 突然 Rogerが 素っ頓狂な声を出す。
なんだ?! なんなんだ?! と 私は様子が分からない・・。 ポリスカーが チカチカと派手に光を発しているのは 見えるけど・・Rogerが素っ頓狂な声を挙げるのが なんなのか・・?

あれま!! これは 何?
細い道路の交差点で こんなに派手に引っくり返るって どうやったら こうなるの? 

Rogerは 興味津々で 車のあちこちを点検している。
お前が点検してどうする?!
もう いい加減にして 行くべ~! と彼の手をひっぱって 宿への道を急ぐ 私。

毎日25時間開いてるよ! ってのが 好き!
ほんとに いっつも開いてるって感じがするではないか!

これは 日本のコンビニの様な物・・。
でも 日本のコンビニの量の様には無い。たま~にあるだけ・・だけど・・ チェーン店で 色んな所に点在している。
日本のコンビニ程 物の取り揃えってのは無い・・。 駅のキオスク的な物しか無い。 でもSUBE(バスやら地下鉄のパス)やら 電池やら 結構便利な物も売っているので 私は便利に使っているのだ。




 

とりあえず 雑な修繕でもいい それでも生きていければ それでいい

タンゴの先生が ショーを観に行くけど行く? と誘ってくれたので・・ Rogerと私は 24時間 全く予定もない ダラダラ生活なので・・
間髪入れずに 行く!!

そして 現地に行くと ちゃんと我らの切符も先生が手配してくれていた。

ショー自体は全部スペイン語だけだったけど・・ そんなの 全くもって感じさせない・・とりあえず タンゴのダンスは 魂を がさがさ! どさどさ! と 揺さぶりまくるもんなのだ!!
という感じのショーだった。

人間の生活は現実的に 全くもって フラストレーション 怒り イライラ 悲哀 そんなもんで形成されてて・・ 全てが どうしようもない・・ そんなフラストレーションやら 怒りを タンゴのダンスの動きで 表している・・って感じだった。

だから タンゴのダンスを踊っている訳では無い・・ どっちかと言うと コンテンポラリーダンス的に動いているのだ。

だからこそ 余計 体の動きがダイナミックで 魂を揺さぶる様な 動きになっているのだ。

おぉ~!! タンゴってこう言う風に踊る物なのか?! と言うのを思い知らされた思いでもあった。

入れても 入れても 大きな穴のあるトランクがあったり・・ 置いても 置いても台のないテーブルに置いたカップが 皿が ガンガン割れる・・。

最後の章で・・そんなトランクにダンボールを貼って テープを貼るシーンの時は なんだか 涙が込み上げて来た。

そう! 人生って ま~ そんなもんなんだろう・・ でも いいじゃないか・・ダンボールでも テープでも間に合でも・・ それで 中に入れた物がこぼれないのだから・・。

と 物凄く簡単で雑な修復方法でも 込み上げる嬉しさで涙が出た。

何も立派でなくてもいい・・ 体裁が悪くとも とりあえずの修繕でもそれでも 立派に生きられるのだから・・。 と言う様に思えて・・感動したのだ。

 

タンゴのプロの人達を垣間見る

私のニュージーランドの先生が 彼のブエノスアイレスへのお帰りなさいパーティーが催されて それに我らも招待された。

スペイン語だらけ・・知らない人だらけ・・だけど・・私は 先生の周りの人間に興味津々 って事で出かけて行った。

↑の写真は 彼のお帰りなさいパーティーの招待状!
なんと素敵な! 誰がデザインしたのだろうか? まるで 新聞記事の様なデザインで作成してある。 彼の写真も又 すんごく素敵だし・・。

先生の事を・・・
ふらりと世界旅行に出かけて・・ そのうち 絶対ブエノスアイレスに戻ってくるだろう・・と思っていたのが・・ 他の地(ニュージーランド)に落ち着いてしまった彼。
その彼がブエノスアイレスに戻ってきたよ~ってな事が 招待状に書いてある。

ちゃんと日時と場所とかも書いてあって 完全なる デザイン。



 その場所は 先生が昔 この辺りに住んで居て 一番友達にしていた家族の家だった。 彼は その家族の1室に今 住んでいる。

そこに居た 全員が 立ち上がって それぞれに全員が笑顔で ハグとほっぺにキスを いちいちしなければ ならない。 でも 全員がするって事で なんだか 相当の親近感が湧く。

我らが 全然スペイン語がわからん・・と言うので みんな気を使って 英語を使ったり・・ 一人の人は 日本語を結構しって居て・・昔日本人の友達が いたんだ! と言ってた。

と言うことで みんな 我らに気を使っていた・・。

そのパーティーが始まったのが 午後の9時半・・ だが! 宴のたけなわになって来たのは 深夜12時すぎ・・! バンバン 人が集まって来る・・。 その時間は タンゴショーで踊ってた人、 歌ってた人、楽器を演奏していた人・・ そんな人たちの仕事が終わって 集まって来たのだ。

その頃は もう みんな 先生との5年ぶりの再開に興奮しまくり・・。 見ている方は圧倒されまくり!! 彼の昔の同士連中が 総出で集まって来たのだ。

みんな 派手な舞台から 降りてきたばかりの格好とか化粧とかしているので 派手! そうでない人も どっから見ても 全員 アーティスト。 しょぼくれた庶民的な人は一人も居ない・・私とRogerだけが ちょっと浮いていた。

と言うことで・・私とRogerは 邪魔になるだけなので・・ この時点で 家に戻った。

そして 次の日に先生から聞くと・・明け方まで パーティーが続いたとの事。 さもあらん・・。 タンゴの連中の時間帯は 夜10時頃から始まって 明け方まで 踊る。 そして 昼まで寝る。 と言うのが普通だから・・。

フライドポテト

私は フライドポテトが大好きなのだ!
ニュージーランドでも FishnChipsの店でも マクドでも とりあえず フライドポテトだけで買い食いするのが 大好きなのだ!

でだ! この フライドポテトの看板を見て 買わねば!! の勢い。
よ~くみたら ハンバーガーも売ってはいるようだが・・とりあえず ここは フライドポテトが 主賓!

刺青バリバリのおねえさんが フライドポテトを てんこ盛りにしてくれた。
暗くなった帰り道を ポテトを頬張りながら 歩いたら・・ すごく美味かった!

 

ブエノスアイレスの駅

なんの建物かわからんけど・・ 我らの宿の近くにある物。
えらくドアが立派! いつも 私は 立派だな~ と思いつつ見てたんだけど・・ Rogerが 今日・・ 立派だ~ と言うので だよなぁ~ と思いつつ・・写真を撮った。


Rogerは 時差ボケで 完全に体が やられてる感じ・・。 私も 病気から 抜けきれず・・ 体がだるく・・ 宿で ダラダラ・・。
せっかくここまできたのだから・・ なんか せねば・・ とか ケチな根性が 湧くんだけど・・
二人とも いかんせん・・老人だし・・体が 全然動きません。

でも ずっと 部屋の中で ゴロゴロしてても なんだか もっと 体がおかしくなるようで・・。
って事で 散歩! 
蚊の大群が襲って来るので 虫除けをしこたま 体じゅうに 擦り込んで いざ! 出陣!

5分もあるけば・・でっかい駅があった。
Roger曰く San Martinと言う 東京とか 上野とか言うブエノスアイレスの中でも 一番大きい駅だとか・・。

駅の構内に バーガーキングが! 私がいつも食ってる ワッパーがある! と思っただけで 嬉しい! 食わなかったけど・・。

これが バーガーキングの注文するカウンター

これが バーガーキングでいいのか?! と言う程 駅構内の売り場は 立派!!

天井のステンドグラスが なんか 地味だけど・・すごく素敵!

駅の中に入って行く

駅の中は閑散としている。 ちょっとしかいない人が ベンチに座っている。
ベンチが ん~・・・ いい感じ! 木で作ってあるって言うのもいいが・・ この広さ! 見て下さい! まるで でっかいベッドの様に広いではないか!
私なら 完全に睡眠を取ってしまいそうな勢いだ~。

プラットホームのある所。
なんか 情緒溢れる プラットホーム。
長距離列車に乗って 出かけてみたい雰囲気にさせられる。

時計フェチの私にとって この時計 には 魅せられる・・。

以前は公衆電話があった所かも知れない・・。 
看板が素敵なので そのまま 取り外さずに 置いてある所が いい感じ!
そして 今は スタバと化している・・。

切符売りの看板もそのまま。
なんと素敵な!

だが 切符売り自体は デジタル化。 タッチパネルが置いてあった・・。

ここは 長距離切符を売る所。
多分 人間が応対するのだろうか・・?
緑の窓口と言った所だろうか・・。

駅構内をフラフラして 駅の外に出たら もう 真っ暗になっていた・・。
外から見る駅も 素敵だ・・。

 

2024年2月23日金曜日

停電勃発 蚊との戦い

 ここブエノスアイレスでは しょっちゅう停電がある。 昭和時代に育った私は 停電ってのには 慣れている。 台風がくれば 強い風が吹いただけで・・ 豪雨が来ても・・ 何かと言うと停電。


その度に 親がロウソクを出して来て・・なんだか 家族団欒が 突然ホンワカの雰囲気になるのだ。 明かりのある所に集まり・・ とりあえず みんなの安全確認をしつつ・・ お互いを助け合って・・一緒に何かをする・・ と言う感じになる。

とりあえず その頃は 停電と言うと 明かりが無くなる・・と言う事で さして大事でもないのだ・・。

しかし! 今は 違う・・ 取り敢えず ネット! スマホ! これが動かないとなると かなりパニック! 生命はスマホで左右される・・と思ってしまう。 自分の周りがどうなってるのか分からなくなる。

誰とも連絡が付かなくなる・・ と言う事は 相当の恐怖になる。 一人時間を過ごすのも ネット無しで過ごす事は不可能・・。

エアコンも動かず・・・だんだん 湿気でネットリして来て・・暑くて体がだるくなる。 冷凍冷蔵庫の食料が全てダメになる。

世の中には 電気機器が動いてやっと 生命を維持している人もいるだろう・・。 そう言う人は 病院の様に自家発電装置とかないと 停電は 生死の問題になってしまうだろう・・。

完全なる先進国に住んでいると 停電と言うことすら 忘れがちだ・・。 が・・ ここは まだまだ 先進国の仲間入りは出来てないのかも知れない。
こんなに頻繁なる 停電だと・・ 本当にパニックになってしまう。

ネットの無い生活をして 自分の精神を鍛えなければ・・。

もう一つ ブエノスアイレスではとんでもない事がある。 蚊!なのだ!
蚊は ニュージーランドでは ほとんど皆無! なので 外に出て バーベキュウも楽しめる。 小洒落たカフェだの レストランだの 素敵なテラスで 楽しめる。

が! ここブエノスアイレスでは 小洒落た テラスがあろうと・・ テラスに沢山の小洒落た 椅子やテーブルが置いてあろうと 無駄な物!  蚊の大群が 猛威をふるって襲って来る。
だから 小洒落たテラスは どこも空っぽ!

 もぉ~! どこもかしこも 蚊が舞っているのだ。 なんか ニュースで 今 蚊注意報が出ているらしい・・ここブエノスアイレスで・・。

なんと言うことか! 私は ここブエノスアイレスに来てすぐから 蚊に悩まされていたので・・ ベープマットと言う代物を スーパーで買って持ち歩いていた。

多分 昭和育ちでない方は ベープマットと言う代物は知らないだろう。 この名称は商品名だから ここブエノスアイレスでは違う名前だと思うけど・・ 同じメカニズムの代物。

小さいカードみたいなものに 毒が染み込まれていて・・ それを小さい機械に差し込んで その機械を電気プラグに差し込む。 すると 空気に毒が舞い それで 蚊が落ちるって代物。

いつも旅に出る時には 必ず 持ち歩くのだが・・ 今回だけは 持って来てない・・。 って事で 急遽 スーパーで購入。 それも 一個ぐらいでは 全然利かない。 リビングと 寝室と二箇所 朝番 マットを取り替えて 年がら年中 べープを炊いているのだ。


そして 出かける時は 肌の出ている所に 虫刺され予防のクリームをくまなく塗らないと飛んでもない事になる。 外に出た途端! 蚊の大群が襲って来る。 アッという間に 数十箇所食われる。

虫刺され予防のクリームが塗られていない 指の間とかを 刺して来るから ほんとに! アイツらは 凄い!
私は長いスカートを履いているが・・ スカートの中にまで入り込んで 刺すのだ。

養蜂をしている人の完全重装備でもしないと・・ と思ってしまう。

と言うことで ここのアパートの棚をまさぐっていたら・・ 2個のべープマットの機械と 大量の 渦巻き蚊取り線香も出て来た。 10個くらいの蚊取り線香も焚きたいくらいだが・・ ただでさえ 咳き込んでる私・・。 これは どう頑張っても 使ってはならないのだ・・。
蚊の前に 私が死んでしまいそう。最近 蚊との戦いに勤しんでいるのだ・・。

ブエノスアイレスで ニュージーランドの先生と合流

 


私のニュージーランドのタンゴの先生が指定したカフェ。
この場所は 100年以上も前から あって・・ 一回は 閉鎖されたけど 又 復活した所らしい。
タンゴのショーもある。 そのショーには 必ず ライブのコンサートが付いて 夜は 結構華やかな場所になるらしい。

私のニュージーランドのタンゴの先生が 2月から 3月初めまで滞在しているので Rogerと私は 先生と合流。

先生の指定した カフェは 彼の完全なるテリトリーと見えて・・ 色んな人が 出入りするカフェだけれど 知り合いが 沢山いる。

我らがお喋りをしていてでも 次々と 色んな人がやって来るのだ。
 先生は忙しいので 2時間ぐらいで居なくなったけど・・ 丁度 Rogerと私はランチタイムなので・・ランチを注文。

昨日は 魚料理を別のレストランで食べたけど・・ 魚はカッチカチに焼かれて まるで スルメ状態。 
ポテトフライは 油が古いのか 臭くて食べれず・・ サラダを口にしたら 腐ってる臭いがして吐き出した。


しかし! 今日こそはまともなもん食いたい! と思って このカフェレストランで ランチをする事に・・。
ランチの前に私は ホットココアを頼んだのだけど・・ ここのココアはチョコレート味がとても濃く 本物のチョコの味がした。 って事は 昨日の極悪ランチとは 絶対違うだろう・・と予測を立てて 注文。

今回のウェーターの人は とても親切。 魚の焼き方 付け合せの説明・・ 色んな付け合せを説明してくれた。 例によって 私のスマホでの翻訳機を使って ウェーターに 細かく説明して貰う。
色んなチョイスがあるので 私は カボチャのピューレ つまり 潰して練ったのを付け合せに頼んだ。 

そして Rogerは 全く違う 肉とベーコンの串刺しと ポテトフライを頼んだ。 二つとも 最高の調理がされていて 私の魚は柔らかく ジューシーで とろける様だった。 カボチャのピューレも 甘くて とてもいい味だった。 本当に昨日のランチに比べると 天と地の差なのだ・・。

ウェーターの人も とても辛抱強く 我らの好みをしっかりと聞き・・細かく質問してくれて・・ 我らも自分たちの好みの詳細を 正確に伝える事が出来た。

ここのホットチョコレートは 本格的チョコの味がした。
濃い ドロドロしたチョコが 左の入れ物に入って来て・・ ミルクが別に付いて来る。 そして それを 自分の好みの濃さにしつつ 別のカップに入れて行くのだ。
なんか 本格的な ホットチョコレートの飲み方 っぽいのだ。

ここ南米では どこもかしこも ケーキの素晴らしい! 事! そして ケーキの多いこと!
どこもかしこも ケーキがある・・。
昔 グアテマラでスペイン語を習った時 その先生が 南米の糖尿病の多いのは 異常・・と言うのを聞いた事がある。
さもあらん! こんだけ 甘いものが 巷にあれば・・ 誰でも 糖尿病になってしまうかも・・?

一番上のケーキは チョコムースに デュルセデレチェ その下に 薄いカステラ その下 チョコの土台、 そして それ全部がチョコでコーティングされている。

食事の後にデザートとして それを一つ頼んだのだが・・ 私は ちょっとだけつついて ギブアップ。 チョコムースと言うから あっさり フアフアだろう・・と思いきや 全然ちゃう!
コッテリと チーズケーキの様にリッチな味なのだ。
味としては 最高にいい味なのだ・・だが 今まで長期に渡って 全然食ってなかった私は 今日初めて まともなものを口にする・・。 さっきの魚とカボチャが腹いっぱいで はち切れそうになっている。 でも このリッチなケーキの味もすてがたく・・チビリ チビリと 意地汚く 食っていた。
でも流石に 食べれず ほとんどは Rogerが食った。

他のケーキは 通りがけの道のショーウインドウで見たケーキ。


2024年2月22日木曜日

ブエノスアイレスの本屋

ブエノスアイレスにある本屋。 
ここは 有名な所らしい・・ 観光客も訪れる。

ロイヤルシアターとして 長年 使われて来た場所なのだが シアターも デジタル化で 不要の物になってしまったのか・・。
こんな立派な物が シアターとして使われないとなると なんか 寂しい。



 

ブエノスアイレスのタクシー

実際にブエノスアイレスに行った人のタクシー事情を ネットで色々読んだ。
が! どれも 現実とその情報とは 程遠い。 
これ程 自分の目で確かめ 自分で体験しない限り 正確な情報って 言う物は得る事が出来ないのか! と 仰天する。

まず タクシーは高くて Uberの方が安い・・って言うネット情報・・ よくわからん・・。

ニュージーランドでは タクシーは高すぎて Uberしか使った事は無い・・。
が ここブエノスアイレスのタクシーの安い事!! ビックリする。
街中 どこに行こうと 大体 250円ぐらいから 遠くても300円ぐらいで 何処にでも行ける。
東京で 電車で乗るより安い。

ま~ ここブエノスアイレスでは 電車やバスの運賃は タダ同然で 20円 30円の世界だから それからすれば ちょっとは高いかも知れないけど・・。

って事で 最初の内はケチって バスと地下鉄で移動していたが・・ それで 疲れたのかもしれないが・・ もう そんなの使う気はしない。
どこに行くのでも タクシー。

そして ま~ タクシーの多い事・・ 普通一分も待つ事は無い・・。 ガンガン タクシーは どこでも流しているので 30秒くらいで キャッチして乗れる。

まず タクシーのフロントガラスの所に 「空き」と言うランプが着いている・・。 スペイン語で書いてあるランプだが・・ そのランプを見れば ま~ 空きの印だな! ってのが分かる。 昼間でも 夜でも そのランプは 相当ギラギラしているので 遠くからでも見やすい。

それが付いて無かったら 空車ではないので 手を上げても無駄。

で 遠くからでも 手を上げれば 運転手が オッケ~! となると ハザードランプを ちょっと点滅してくれる。 それを見逃してはならないのだ・・。

空車でも そのハザードランプが点滅しなければ・・ 「俺は今 そっち行きの客はひろわね~んだ!」 的に 無視され ハザードランプはつかない。 とても 分かりやすく便利なコミュニケーションなのだ。

はてさて・・ 私は もう何十回も タクシーに乗っている。 その中で 一回  普通の料金ではなくて 倍ぐらい料金を取られた事がある。
対したお金だから 事を荒らげる事なんが 不要なのに・・ たかが 100円 200円の事だから  ま~ ま~・・ って言う事なのに・・。

こう言う事が どうしても 許せないのが 私なのだ。 絶対に許せない! 
タクシーの運転手ってのは 全く英語を話さないのが普通・・。

特別のタクシーってのも ブエノスアイレスでは存在する。 そう言うやからは 全然違う動きをする。 つまり 完全海外から来る他観光客相手だけをする。 そして そう言うドライバーは 大体流暢な英語を話す。 
そして US取るでの支払いを求める。 ま~ 海外からやって来る観光客で USドルを持参していない人はいないので それで事が済むのだ。普通 空港辺りでしか商売はしない。

だが・・普通に街を流しているタクシーは 全く質の違う連中。 全く英語を受け付けない。よって 私は常に スマホの翻訳機で 私の言いたい事をスペイン語に訳した物を最大音量で流す事にしている。

スペイン語だと 運転手は すぐさま反応する。 私もすぐさま 彼の言葉を拾って 翻訳機に掛ける。 そして 私の言いたい事を最大音量で流す・・と言う具合で 喧嘩をする。

先日は ぼぉ~! としていた事もあって・・ 明らかに Rogerと一緒だと マヌケ海外から観光客と見られるのか・・運転中に いつもの何倍もの料金を言い出した。

ふと 料金メーターを見ると それが 𝐎𝐍になってないのだ・・。 てめぇ~ やりあがったな~! と 私の怒り爆発!

いつもの様に 大音量のスペイン語で 「今 止まれ!! ここで 降りる! 金は払わない!」 と言うと すぐさま 止まった。 Rogerを促して・・ 降りるよ!! と・・ 運転手 慌てて 普通の料金を言う・・。 メーターは動いてないが・・ ま~ それぐらいの料金だろう・・と言う妥当の額を言って来た。

以来 私は 行き先を告げる前に メーターを 𝐎𝐍にしろ! と言う。 そうでないと 動き出して 行先に向かう途中で ボッタクリ値段を言われたら 災難なのだ。

私が一人で タクシーを使っている時は 全然問題なかったけど・・ Rogerがいると どうしても マヌケな観光客に見えるのだろう・・ ボッタクリに遭うのだ。

カンボジアでの事だが・・ 街じゅうどこでも だいたい ツクツクが1ドル だが ある日 あるツクツク屋が 2ドルと言う。 私は うんにゃ! 1ドル! と言うと ツクツク屋が 2ドルだ! と言い張る。

多分 その額でも 100円か 200円の違いだろうから 観光客にしては 鼻くそみたいな差で どうでもいいのかもしれない・・。
が ! 私は違うのだ・・ 普通の値段の倍をふっかけていると言うのに腹が立つのだ。 お金の額の問題なのではないのだ・・!

その時も Rogerを促して ・・ 歩くよ! と言って そこから 立ち去った。 そしたら 後ろから そのツクツク屋は 「けち~!!」 と私に向かって叫んでいた。
まぁ~ ケチと言われれば ケチなのかもしれないけど・・ 。

 

ブエノスアイレスの洗濯

 ブエノスアイレスでは ってか 私の安宿には 洗濯の設備は一切ない・・。 私一人なら パンツぐらい手で洗って それで済むのだが・・ Rogerがとなると ガンガン 洗濯物を出す。 ま~ 高温多湿のこの気候では仕方が無い・・。

って事で 東南アジアでも 沢山あったが・・ 洗濯屋さんってのが そこらじゅうにあるのだ。 つまり 普通の洗濯物を持って行けば・・ 量にもよるが 普通洗濯機1杯分ぐらいは 250円ぐらいで 洗って乾かして 数時間後戻してくれる。

私は 東南アジアで 全く同じシステムを使って・・酷い目にあってる。 つまり 洗剤の匂い 柔軟剤の匂いがキツすぎて・・ もう1回自分で洗い直した事がある。 他にも 手作りの絹のワンピースが 消えていた・・。 と ま~ 色んな災難を経験している。

って事で 今回は とりあえず No scent!!  No softener!! を連呼した。 そしたら ちゃんと パリパリに乾いた感じで出来上がってきた! いい感じ!

ブエノスアイレスの宿

 ブエノスアイレスでの生活は アパートを借りた。Airbandbが ここでは かなり普及していて・・ これを使っての宿が沢山ある。

ゲストハウスとか ホテルとか モーテルとか違って・・ アパートの一室を貸すと言うシステムが一般的なのだと思う・・。

物はピンキリで・・豪華なものから質素な物まで・・それのよって 値段も全然違う。 一泊1万円以上となると・・ 値段設定をUSドルにしてある。

安いアパートでは 私が ずっと 安アパートに住んでいるのだが・・ 値段が設定はされているけど 先3ヶ月に限る値段と 念押しの条件付き。

私の貸りたアパートは 多分 一番安い物だと思う・・。 一泊 2500円程度から 3000円程度。

それでも 別に広い寝室、 バスルームが付いている。 バスルームには ビデが付いているのも普通らしい・・ 大体どこでも着いている。 
お湯は 踏んだんに出る。 だが・・何故やすいか? そこには 色んな事が・・。
まず シャワーのお湯が シャワーノズルから と 蛇口からと出てくるのだが・・ その切り替えは 相当のコツが必要。
Rogerなんか 蛇口からしか出て来ないと思い込んで・・ つまり シャワー切り替えが不可能だったので・・ 体を小さく丸めて バスタブに座り込んで ちょっとづつ お湯を体に掛けて 洗ったとか・・。

シャワーノズルは絶対に使えないと思い込んだらしい・・。
私が 駆使して シャワーからお湯が出る様にしてあげて やっと 普通のシャワーが使える様になったのだ。多分 ボロい物を使った事の無い 先進国の人間には 絶対に 分からないコツなのだ。

私は 相当後進国を渡り歩いているので その辺には エキスパートなのだ。

しかし 一回 大変な事が起きた。 でっかいバスタブがあるので 私は喜んで バスにお湯をはろう! としたが・・ お湯をせき止める栓が無い・・。 ん~・・ 栓は どこを探しても無い! 
つまり ニュージーランドでもそうなのだが・・ 安宿と言う所は 沢山のお湯を使って貰うと 光熱費がかさむので 栓を置いて置かないのだ・・。 

よって 私は 普通 どんなサイズの穴でも塞げる万能 栓を持ち歩いている・・。 ニュージーランドでは・・。 が! 今回の旅行では まさか こんな事が起きるとは思ってもみなかったので 持参していない・・。

よって ビニールの袋を固く丸めて その上に 輪ゴムバンドをグルグル巻きにしたら 立派な栓が出来た。 全くお湯の漏れない状態で いい感じにお湯がバスタブに溜まった・・。
ルンルンで バスタブを使って・・ ルンルンで その手作り栓を抜く。

フト バスタブの外を見ると バスルームの床全体が 洪水・・あややや・・・!! リビングの方も洪水・・・!! 慌てて 飛び出すと 寝室の方も洪水・・!! 

つまり バスルームの下水菅ってのは ほんの少しづつしか 流れない様だ・・。 慌てて また 栓をして 少しづつ 少しづつ・・ 下水が溢れない程度に なが~~い時間を掛けて 汚水を流して行く・・。

そして 洪水になった 家中の床を ありったけのバスタオルで 拭いて行く・・。
家中の床が ベチャベチャで とんでもない災害に遭う・・。

取り敢えず バスタブは使うな!  使えん! と言うメッセージ。

トイレ・・昭和時代にあった トイレを流す取っ手を普通は押せば・・水が流れる。 だが このトイレは 上に引き上げるのだ。 それも 両足を踏ん張って 思いっきり力を入れて 引き上げないと水は流れて来ない。オマケに 水は 渦を巻くだけで ズボッと流れて行かないので いつも トイレットペーパーが グルグル回るだけで 浮いて来る。 
そのトイレットペーパーをも流そうと思っても 永遠 取っ手を上に上げっぱなしでも 絶対に流れて行かない。 
もう 2回目くらいから は トイレットペーパーの流れるのは 諦めて 適当でやめた。

体の具合が悪かった時の トイレの水を流す作業は ほとんど不可能だった・・。
が 下水が詰まっては まだ 大災害が起こる・・! と言う恐怖で 死ぬ思いで ハンドルを引き上げた。 重労働なのだ。

窓は ひっかかって・・ ひっかかって・・ 全然動かない・・。 外の空気を吸いたくて ちょっとでも開けたい! と頑張ると アルミニウムの窓枠が ガタガタに壊れそうになるぐらい 動かないのだ。
現に すでに 窓枠が半分壊れていた。
やっと 10cmぐらい開けたはいいが・・ また 閉める段になって 窓枠が壊れる恐怖。

と ま~ こう言うのが・・安かろう・・悪かろう・・なのだ。

台所用品は 結構充実しているので・・ ほとんど買う必要も無く 使える。 しかし 電子レンジを頻繁に使う私には 電子レンジが無いのが痛かった。 
ニュージーランドの宿は どんなに安宿でも 日本でもそうだが・・ 電子レンジと言うのは 必ず設置してある。 トースター、 ケトル、電子レンジ これだけは 何処にでもあるのだが・・ ここブエノスアイレスの安宿には無い。
写真の電子レンジ風の奴は オーブントースターなのだ。
贅沢は言えないのだが・・ ちっこいキッチンは使いづらい 使いづらい・・。 相当の技術を要するのだ。それでも あるだけマシと 自分に言い聞かせる。
トイレットペーパー他 洗剤類は ちょっとだけ置いてはあるが・・すぐ無くなるので それは 自分で補充しなければならない・・。

しかし ブエノスアイレスに住む様に生活しているので・・ 自分のアパートに戻ると ホッとする。 我が家に戻った・・と言う感覚は 旅をしていると 何物にも変え難い・・心地のいいものだ・・。


ブエノスアイレスのお金

アルゼンチン貨幣のペソは インフレで貨幣価値が 日々変わるくらいの酷い物だから 値段設定ってのが出来ないのだ。 USドルでの設定なら インフレを心配することなく 値段設定が出来るからだ。

20ペソ札は 3円程度  50ペソ札8円程度  100ペソ冊は16円程度
200ペソは30円  500ペソ80円 1000ペソ160円

つまり 500ペソ札ぐらいから ちょっとしたお金で・・ 1000ペソ札が 普通に出回っている。 1000ペソ札以外は あまり価値が無いので 海外からの観光客は 小銭程度の
感覚しか無い。

私も 最初は 1000ペソだけ使って・・お釣りが来ても それ以外のお札は 使いようがなかった・・。 今頃になって ようやく・・ 値段の感覚が分かって来たので・・後生大事に小さいお札も使いこなしている。

Rogerなんか 1000ペソ札を 10枚くらい持ってれば 用が足せると言う感覚で・・ つまり 1000ペソ札が1000円的感覚で それを10枚持ってれば どうにかなるだろう・・ と思うのだ。

私も最初はそうだった・・。
だが 安い食事 つまり 1食1500円ぐらいのご飯をレストランで食ったとしても 大体 彼はビールを飲むし・・ 私も 飲み物を頼む訳でもないけど・・ とりあえず水だけって事でも 立派なミネラルウォーターの瓶 に 立派なでっかい ワイングラスが付いて来る。

そうなると 二人分の食事、飲み物、 そして ティップ 全部合わせると 1000ペソ札が 30枚は必要になる・・。 
到底 10枚ぐらいの 1000ペソ札は 焼け石に水。

1000ペソ札を100枚ぐらいは持って歩かないと 何も出来ない。 それでも ちょっとした買い物は 現金では無理・・ たとえスーパーに買い物に行って5千円暗い買ったとしても 1000ペソ札が何枚も必要になって 分厚い札束を持ち歩くと言う事になる。

よって 普通の人 ってか 現地の金持ち人種と 海外からの観光客は 現金と言う物は使わない。 全て カード決済をする。

なので ちょっと小洒落た レストランでも 店でも そう言う所は 携帯Eftpos機械が出て来て・・そこにカードを差し込み 暗証番号をいれて 決済するのだ。

現金を使うのは 小さい店・・タクシー そのぐらいだろう・・。




2024年2月20日火曜日

普通に生活出来る事に感謝

 検査の結果が出て コロナでは無い と言うのを 聞いて・・ あぁ~・・一ヶ月もの間 地獄を続ける必要が無くなった・・。 なんと 嬉しい事か! またもや・・ 理由もなく 神様ありがとう! と心から 感謝する。

キリスト教の人たちが 神様 どうか 助けて下さい・・ とか 助かった時は 神様ありがとう! と言う気持ちが 芯から 解る様な気がした。

もう こうなったら 完全に自分の力と言う物から 外れて・・神様に全てを委ねるしかないのだ・・。 いかに人間の力と言う物の 弱いことか・・。 どんなに頑張ろうと 意地をはろうと ダメな物は ダメなのだ・・。 

完全に神様に身を委ねるしか能の無い物なのだ・・人間と言う物は・・。 

そして それから 日に 日に 咳の量が減り・・ 発熱も無くなり・・食べる事も 少しづつ出来る様になって来た。

まだ ヘナヘナで 何も出来ないが・・ 歩き回る事も出来るし・・ 床を這うように動いていたので・・ 自分の2本の足で立ち上がって 動けると言う事が いかにすばらしいか! と言うのも 気が付いた。

もう なんだか 感謝 の気持ちしか無い。 何を誰に 感謝するのか分からないけど・・。 普通に生活が出来ると言う事は 本当に 何ものにも 変え難い 貴重な事なのだ・・。

おろかにも こんな簡単な事が 最近 ようやく 身に沁みて理解出来る様になった・・。


奈落の底に落ちた・・

 多分 6時間もの間 炎天下のバルコニーでロックアウトの災難に遭ったのが 心身共に 大打撃だったのかもしれない・・。

自分では やわな精神力ではない・・ 上手く切り抜けたではないか! こんな事くらいで ヘナチョコになる様な私ではない・・と思っていた・・。

が その直後から 体調を崩す・・ またもや 試練がやって来た・・と言う感じだった。どう頑張っても どうにも こうにも・・ 体がガラガラと音を立てて 崩れて行くようだった・・。

喉はギンギンに腫れ・・ 息も喘息発作の様に 苦しくて仕方が無い。 お守りの様に持ち歩いている 喘息用の吸入をしても・・ 全くもって 効き目も無い。 吸入の効き目が無い事が分かって・・焦る。おまけに熱が上がったりさがったり・・。

病院に行って 医者から ありとあらゆる薬を処方され・・ それを キチンと飲み続けるが・・ 全くもって 良くなる気配が無い・・。

毎日の24時間の長い事・・ 一瞬 一瞬を苦しんでいる状態と言うのは 体はもちろんだけど・・ 精神的にも 相当憔悴する物なのだ・・・。 だんだん 鬱っぽくなって来る・・。

苦しい・・ 苦しい・・ と言うのが 永遠に続く・・。 このまま 放っておいたら 確実に死ねるかも・・。 と思ったりもする。

そして このままでは 落ちてゆくばかり・・ ともう1回医者に行く。 今度は 薬を飲んでも 喘息発作の吸入をしようと・・落ちるばかりだから 検査を徹底的にしてくれ・・ で 頼むから この苦しみから 解放してくれ・・ と 医者に懇願する。

医者は コロナも疑っている・・。 そうか~・・ もし 喘息の私が 絶対的に呼吸器をアタックするコロナになったら・・ 死ぬな・・と日頃思っていた・・。 

そして 今度は 違う種類のそれも強い抗生物質と 強い気管支拡張の薬を処方された・・。 医者は もし 私がコロナだったら 一ヶ月は苦しむ事になるだろう・・ と言う。

こんな苦しい事が一ヶ月も続くのか~・・ と思ったら もう 精魂尽き果てた私は 死んだ方が 楽かも・・? とも思った。 もう既に2週間ぐらい苦しんでるし・・。 

その次の日には 気管支炎が悪化したのか・・ もう 連続的に咳き込んで・・ まともに息が出来てない・・。 苦しいよ~ くるしいよ~・・ と ベッドの上で 転げ廻る・・・ 救急車を呼ぼうか・・ と 思った時・・ とりあえず Rogerに来て貰ったら 何かと 動いてくれるだろう・・ と 深夜のニュージーランドに電話。

彼のフライトは その深夜の明け方に飛ぶ物をネットでゲット。 24時間後には こちらに着くだろう・・・。

そうこうしていたら・・ 息が少しつける様になって来た。 今回の抗生物質は 前のより 違う種類で 前のより 強い物。 そして 気管支拡張剤は ネットで調べると 喘息の発作には 絶対的に必要な成分の入った薬・・。 前に処方されたのとは 全く違う。

咳が弱まり・・・息が少しつける様になった時・・ 体じゅうが なんだか 震えている。 自分の体の実感が無く・・ うわっついた感じがする・・。

昔 喘息の発作で 救急病院でネビュラいザーと言う 強い吸入をした時 息がつける様になると共に  体じゅうが震えた・・。 そう言えば あの時の症状と全く同じなのだ・・。つまり 気管支拡張剤ってのの 副作用は 気管支が ガバッと 開いてくて・・ 息が付けるけど・・身体中の震えが来る。 これは なんとも 気持ち悪い物だ。

強い薬と言う物は 効果が強い程 副作用も強い。 昔 モルヒネを救急病院で打たれた事がある・・。 モルヒネを打った途端 なんとも 表現のしようも無い悪寒とも違う・・悪寒の痙攣みたいなものが 強烈に身体中を蝕むと言ったらいいのか・・・。 

どうも こうも 苦しいのだ。 ベッドの上でのたうち回っていたら・・医者がどうした? って言うから そう言う表現をして 助けてくれ~! と 何回も言ったら・・ わかった・・わかった・・ って感じで 急遽血管注射で何かをぶち込まれた・・。 

それで 急に又 その副作用が治まった。 医者は こう言う副作用を感じる人間がいるって のを知ってるのだろう・・・ ちゃんと それを治める薬も持っているし・・。

以来 どんな事があっても モルヒネは使えないのだ! と言うのを 私は手帳に書いて持ち歩いている。 

もう一つ とんでもない副作用の痛み止めも体験している・・ Codeineと言う強烈な痛み止め・・これは 三半規管を狂わせるのが 強烈は吐き気が止まらなくなる。 頭を微動だにも動かす事が不可能。 動かさなくても 吐気が凄いのに・・ うごかしたら 身体中が痙攣し続けている様に 嗚咽が継続する。

あれも地獄。 なので この薬も 私には危険薬として手帳のリストに記入してある。 それらの激痛を止める薬の中で 唯一 私に合ったのは Oxicodeine と言う物だ。 

これは 激痛がしても 呑んですぐ効き目が来て ラリった状態で 普通より 気持ちがいい状態になる。 麻薬中毒の人達た その快楽的な心地良さを求めて 中毒になって行く気持ちがよく分かる。

と言う事で その時処方されたのを 何かの時にと思って 残ったのを 持ち歩いている。 いざと言う時には これを 使おう・・。

全く別の手術の時に 私がそれを 密かに持っているのを 医者に見つかった・・ そしたら 退院するまで預かっておこう! 危険な劇薬だから・・ と言われた。 ちゃんと 退院する時には返すから心配するな。 だが・・ これって 闇で売ると 末端価格がとんでもなく高いので・・ 売ったらあんた もうかるよ~ と ニタッと 笑った.

話がそれて しまった・・。今回の話に戻そう・・。

そして 今度の抗生物質は 私の病気に的中した種類だったのか・・ 熱の上がったり 下がったりも治まった。

そして 24時間後の Rogerの到着する頃には 彼を呼ばなくても良かったかも・・? と思われる程・・あの闇から 脱出していた。

相変わらず 咳き込みは激しいが・・ とりあえず 一瞬 一瞬息がつける・・ こんな普通な事が どんなに素晴らしい事なのか! と言うのを 思い知らされる。 息が出来る様にしてくれて 神様ありがとう!! と言うしかない。

しかし・・ 2週間もの間 スッカリ体力が落ち・・まともに食べてもいなかったし・・体の打撃は半端ない。 とりあえず 息は出来る様になったが・・ 立ちくらみは するし・・ヘナヘナと ベッドに倒れ込んでいるしか能が無い状態。

軽くシャワーして バスルームから ベッドに直行したら ぶっ倒れて 気を失った様で・・ 30分後位に 突然目が覚めた。 

起き上がって・・水を飲みたくても 体が重たく・・ ノロノロと這うようにして 水までたどり着く・・。 それだけの事でも ハァハァと肩で息をして 重労働なのだ・・。

トイレに行って 座っているのもしんどい・・ 早いとこ ベッドに戻らないと 又 ぶっ倒れてトイレのタイルの床に 頭から落ちてしまったら 大変な事になる・・。 以前ブラックアウトで 前から床にまともに頭をぶつけて 気がついた時は 頭が痛く その後 でっかいタンコブが出来た事がある。

やっぱ こんな状態では 自分で どうにか出来るレベルでは無い・・。 やっぱ Rogerに来てもらわないと どうにもなりそうもない・・。

ブエノスアイレスの病院



何日も 何日も 咳、熱、下痢 、吐き気・・ もぉ~ 具合の悪い事てんこ盛り・・。
最初 どうしても 治りそうもないので 意を決して 病院へ。

抗生物質、 解熱剤、痰を切る薬、 抗生物質で胃をやられるので 胃の薬、 吸入を集中的に効果を上げる スペーサー 等など・・ てんこ盛りに薬を貰った・・。

それから 10日・・ 一向に 治る兆し無し・・。
ってか 食べるもんも 食べてないし・・ 体に力も入らない・・。
熱も上がったり 下がったり・・。

胃は完全にやられて・・胃痙攣連発・・。
もう 水と食料を手に入れるのもやっと・・。

なんか 悪い病気が取っ着いているのか・・? 
はたまた コロナ?

このまま 行くと 体が弱っていくばかり・・ そのうち 水と食べ物ゲットの力すら無くなってしまう・・。

と言うことで 再度病院へ。

今度は 医者も おかしい・・ と言うことで レントゲン検査、 血液検査、 そしてコロナ検査。

問題は血液検査。 私の血管は 異常に細い。 毎月ニュージーランドで血液検査があるが・・ その度に 酷い目に遭う。バタフライと言う 赤ちゃんや小さい子供に刺す極細針でないと ダメだ。 それでも 1発で 私の血管を射止める人はいない・・。

この国じゃ~ まず期待は出来そうもない・・。 若い女の看護士さん・・ どうどうとした態度なので・・ま・・大丈夫だろう・・。と思ったが・・はずす・・はずす・・。
最初から 完全に見えない 腕の血管は狙わない。 
相当痛いから できるだけ 手首とか 手の甲とかは普通避けるけど・・ 若い女の看護師さんは やっぱ 見えてる手首に来た。 一回刺して・・刺した針でそのまま血管をまさぐる・・これは 激痛! 唸り声を何回も上げる私。 
そして 手の甲も 又 同じ状態・・。 
病気の具合悪さを もう10日以上も続けているので・・ その苦しさと 精神的苦痛から 比べれば 針の痛さは 軽いもんだ・・。 もう 何回でも 刺せ~! と 私は開き直る・・。

そこに 突然 殴り込みの様な感じで Tシャツ 短パン ゴム草履に 布のずた袋の様なものを引っさげた男が 乱入。

な! なんだ! こいつは~!
と 思っていたら・・ 突然 私の腕に キリキリとゴム紐で これでもか~! って言う程に締め上げる。 締め上げたと思ったら 私の腕を バッシ! バッシ! と 叩く 叩く!
まるで 親の仇の様に叩きまくる。

全くもって 見えてない血管なのに・・ アッという間に針は刺さり 突然 細い管に赤い私の血が走る!  血管に的中した証拠。

検査に使う血液は 3本のガラスチュウーブに入れなければならない・・。 彼は 射止めた血管を外さない様に抑えつつ・・ もう片方の手で 次々とチューブを取り替えて行く・・。 それをしつつ 同時に 既にチューブに入った血液が 固まらない様に それらのチューブも 上下に傾けつつ・・。
色んな行動が同時に進行する。

彼が乱入してから 3本のチューブに私の血液を収める迄の間の早かった事! 本当にアッという間! 
終わったら 「ほんじゃ~俺かえるわ!」 と言う彼を押さえて 私は 彼と 下手っぴお姉さんと 記念撮影。

検査結果はまだ 出てない・・。


 

豪華Milonga




 


特別な催し物のMilongaに 誘われる。 私は ブエノスアイレスについて 数回 Milongaに一人ぽっちで出かけた後 デンマーク人じっちゃんに引っ掛けられた。

彼は 同じ デンマーク人カップル二組と 何時もつるんでる。 その二組のカップルは 多分50歳代。

見かけもゴージャス ダンスも上手い! 

私を引っ掛けたじっちゃんだけが 一人もん。 でも 今は私をゲットしたので 結局 3coupleになった。

ってことで Milonga漬けの毎日に 私も そのグループに組み込まれている。

お陰で 私は 何もせずして 彼らが ちゃんと テーブルを予約してくれている。

オマケに ダンスの上手い 若手のカップルの男が私を誘ってくれて踊る。

孤立せず しょぼくれている訳でも無いので 他の 見知らぬ人もガンガン誘ってくれる。

もちろん じっちゃんも 隙あらば誘うので 私は 踊る人を見つける必要も無く ひっきりなしに踊る。

特にこの夜は ビックリする程豪華。 豪華ドレスに 豪華シューズを見ると 目がキラキラして来る。

こんなに豪華なMilongaだったら 私も ちゃんとドレスアップしてくればよかった!

しかし この夜の 豪華な ライブミュージックには 感動! 

選曲が 全て ノリノリ!  ジッと椅子なんかに 絶対座ってる場合じゃ〜無いです。 足がうずいて仕方が無いと言うほど 最高の選曲。

こんな体験は初めて!  夜十 踊り続けていたい心境。やっぱ ブエノスアイレスは 他のMilongaとは全然違う! 


タンゴは酔って楽しめればそれでいい

 知らなかった 教科書にある様なステップが ガンガンと ここブエノスアイレスでは 自然と動く。

何回も言っているが・・ 私はここ2年間 毎週一回 集中個人レッスンを アルゼンチン人先生に教わっている。 が 彼は私に一切 ステップを教えた事は無い・・。 とりあえず タンゴ魂を 私の中に叩き込む事しかしなかった・・。

どうやって 叩き込むか・・? と言うと・・ 私が 外反母趾の酷いので両足とも 親指は無い状態なのだ。 完全に浮いているので・・ つま先の5本の指で踊るのが タンゴ。 そして 親指が50%の体重を支え 他の4本があとの50%の体重を支えるのだ。

両足で全体重を支えるのではなくて・・タンゴの踊りと言うのは 常に 片足のつま先で全体重を支えるのだ。 だから 親指不在の私はどうやって踊れっちゅうの?! となる。

が そんなの 私の先生に言うと・・ あらら・・ じゃ~ タンゴ辞める? 僕はそれでもいいよ・・。と・・。 結果私の親指の付け根の辺りの足の裏に石の様な塊ができている。 つまり 私は片足の親指の代わりに 付け根の足の裏で全体重を支えているのだ・・。

彼の私への指導は とりあえず ガンガンと攻めて来る踊りをする。 だから 私も必死だ! もう 無茶苦茶でも なんでもいいので・・ とりあえず 先生に推しまくられない様に 私は 攻めに受けて立つ。

だが・・だんだんと ダイナミックな踊りとか 早いテンポの曲とかになると・・ もう 一曲も続けられない位・・息があがり・・ ぶっ倒れるくらいになる。実際 一曲先生と踊った後は しばらく椅子に座って 息を整えないと 次の曲は踊れない・・。

私が 先生に 私は72歳っだってのを 忘れないで! と言うと・・ 「あらら・・ じゃ~ そふぁ~にでも 座って お茶でもすすってた方が ずっと 素敵じゃ~ないの?」 と言う・・。

そんな感じで・・ 私は 2年間 ただただ 彼の踊りに攻め返す事だけを やって来た様な気がする。

今になって思うと・・ Musicality と言うのを 彼から 教わった事は無い・・。 別の場所で Musicalityのクラスには参加したことはある・・。 つまり いかに音楽に合わせたダンスにするかと言う訓練だ・・。 何拍子なのか? とか・・流れる様にとか・・ どこに強い音が入っているか? とか・・。

だが・・ 私の先生は そんな事 一言も言った事は無い・・。 

彼のやり方は 一曲先生と踊る・・。 その後・・ 何を考えて踊ってた? とか どんな気分で踊った? とか・・ 色んな事を訊いて来る・・。 

その度に 私は 途中で しんどくなって・・ 諦めた・・。 とか どうやって どこにステップを踏めばよかったんだろうか? とか 考える 言うと・・。

先生は 間違い! と言う・・。 そして そんな事 一切考えるな! 頭を空にして・・ 自分自身を音楽の中にいざなって・・ 楽しむのだ! それだけ!  どんな動きでもいい! 足がもつれて 転んでもいい! とりあえず 自分を信じて 楽しめ!

そればっかり!  そして また 同じ曲で 先生と踊る・・。 そして 先生の言うように・・邪念と言うのを 取り除いて 無になって・・ 楽しくやろう! と思うだけで踊る・・。

すると 先生が それだ! そうやって 踊るのだ!  前の曲の踊りと 全然違う! と言う・・。 私も えらく気分良く踊ったので・・あぁ~ こうやって踊ればいいのか~・・。 と納得が行く。

他にも 最近 ほんの最近 ステップの名前ってのを 私は知る事になる・・・。 今まで ステップなんて 何一つとして 先生は私に教えてくれた事は無い・・。

だが・・ Colgada だの Volcadaだの・・ Hiroの大回転・・Gancho の内 外, しっかりバランスのとれた Boleo 他沢山の言葉を聞くようになる・・。 が それが なんであるかは 知らなかった・・。 だって 先生は そんな言葉は一切 私に言った事もないし・・ 教えてくれた事も無いのだ・・。

しかし! 私は 気がついた・・ ここ半年の間に 先生はありとあらゆる それらのステップを 私の体の中にシッカリと 植え付けてしまっていたのだ・・。

つまり 自然に私はやっていたのだ・・。 

彼はどうやって それらのステップを 私の体に叩き込んだか? と言うと 「自分を信頼しろ」 ただそれだけなのだ。引っ込み思案になるな・・ 自信をもて! それだけ・・。

なぜ それだけで あんなに沢山のステップを 私の体に叩き込んだのか・・? まるで 魔法のようでもある。 

そして 気が着いたのは それらのステップを 頭で覚えて・・無理してそれをやろうとしても 決して出来るものではないと言う事だ。

頭で覚えて それをやろうとすると 見た目が不自然で 完全に美しさが失われている・・。そんな人をゴマンと見てきた・・。

タンゴのステップは 音楽と共に自然に体が流れる様に動いて 初めて ダンスになるのだ。

さて ここブエノスアイレスで 踊ってて 思ったのだ・・ それらのタンゴのステップが リードの男の人が ガンガンと入れて来る。 それも 曲の流れに沿って 自然にステップが入り込んで来ているので・・ 私も なんの意識もなく 自然にやっていると言う事だ。

ニュージーランドでは 時々 俺はこう言うステップも出来るんだ! お前しってるか? 的に無理やり入れてきているのは 何回も経験した。 私が それが分からずに・・ そのステップをしないと・・ お前知らんのか? こう言う時は こうやって 男のリードにフォローするのだ・・ と わざわざ コーチする男すらいる。

だが・・ こっちが そのリードに気が着いてないって事は そのステップを知らないのではなく お前のリードが正しくないからだ・・ ってのが コーチ男には分かってないのだ。

しかし・・自然に 二人の体の動きで それらのステップが 綺麗に音楽と共に流れる・・ と言う体験を ここブエノスアイレスでは ふんだんに経験した。

やはり 一般的にここは タンゴの真髄だけで踊っているのかもしれない・・。 もう レッスンとか 初級 中級 上級とか そんなこたぁ~ どうてもいいのだ。 

タンゴは 楽しい 一瞬を 過ごす・・ それだけなのだ。

10分間の魂の融合

 ニュージーランドでの タンゴの踊りは 自分に 自信が無いのも手伝って・・ ってか とりあえず 3年とか 4年とかしかやってなかったら 初心者と見なされる。

10年 20年とか やっている人ぐらいしか タンゴでは生き残っていないので・・ 初心者で Milongaにではってくる人は ほとんど居ない。 つまり 誰も相手にしないので・・Milongaに参加する意味がないからだ・・。

しかし・・そんな感じで踊っていても 何も始まらない・・よって 私は 初心者である事を忘れ とりあえず 自分の踊りを確立して・・ ガンガン行くしかないのだ・・。

自信が無いとか言ってたら バカにされて 自分がしぼんで しまうだけだから・・。

と言うことで・・ 初心者と言う時期に 私は ガンガン行く事に慣れて来た。 

が! それは ニュージーランドだけの事であって・・ それは 日本では 通用しない。 日本の風潮って事もあるのか・・ 男性はリード 女性はそれに従う・・と言う物でなければ 男性は 特におっちゃんは 絶対に女の踊りを受け入れない。 

最初の頃に踊った時・・「あんたは クセがあるね!」 といきなり 踊りを中断されて・・ 去れ! 的態度に出られた。 これは タンゴでは 最低のマナーである。 が それが また 日本ではまかり通るのであろう・・。

つまり 日本人女なら もっと 素直に俺に着いてこい・・と言う所だろうか・・。 多分 それが 日本人女でなかったら その日本人オッサンは そうはしなかっただろう・・。

そんな経験をしても・・ もう 私は自分の踊りと言う物にある程度確率させていたので・・ 変える気もしないし・・ そう言う態度のリード男とは 金輪際踊らない・・と心に決めた。

しかし・・よく観察していると  日本では やはり リード男は強気で フォロアーの女は 男に沿うのに必死だ・・。 だから 私は日本人だけのMilongaは 結構苦手だ。

そして 日本の特徴としては テキスト通りのタンゴステップを どれだけこなせるか? が 一番の問題なので・・ まるで 教科書的ステップのみの踊りになるのが 本当につまらない。

ニュージーランドでは 自分の踊りが上達するに従って・・相手も そのレベルに合わせて踊る男がいる。 つまり 上達すれば する程 相手の踊り方が ドンドン レベルアップした男と踊れる事になる。

さて ここ ブエノスアイレスでは 又 ニュージーランドとも 日本とも 全く違うのを経験する。 つまり レベルと言う物は 全然関係ない気がする。

例え 一般的に言う 初心者的レベルの人でも 中級でも 上級でも 一瞬で そのレベルは分かる。 が! 踊りと言うのが 個人的に全く違うのだ。 個人個人が 自信を持って ガンガン攻めて来る・・って感じだ。

もちろん 日本のテキスト通りのステップってのは 皆無だ。

レベルなんか 一切関係なく 相手は自分の踊りに自信満々で 攻めて来るって感じなのだ。 かなり下手で 全然ステップなんかも無茶苦茶な人も そんなの関係なく 攻めてくるのだ。

つまり 自分の踊りに 全ての人が誇りを持っているとでも言うのだろうか・・。 

なので・・ こっちの方がオタオタしてしまうのだ。でも そこで オタオタしていたら・・負け・・。 勝ち負けの問題では無いのだけれど・・ 負け的気分になってしまう。

と言うことで 負けで終わってしまえば・・ タンゴを辞めろと言うことになる。 そのくらい 攻め的踊りが重要なのだ。

ニュージーランドの私のダンスの先生は アルゼンチン人。 彼が 口を酸っぱくして 私に 「自信を持て!」 「自分を信じろ!」を まるで 呪文の様に言い続けた意味がよく分かったのだ・・。

そして その先生は 私に 一つのステップも教えてくれなかった。 毎回 毎回 ここ2年の間に タンゴ魂だけを 私の中に埋め込んで来た・・と言う感じだ。

自分のダンスは これでいいのだろうか・・? とか 間違っているのでは・・? とか そんな事は一切無駄な事。 そんな考えでは タンゴは踊れない・・ と言うのが ここブエノスアイレスに来て分かった。

つまり タンゴを踊りたいなら 堂々と踊れ! そして enjoyしろ! それが 全てなのだ・・ と言う事が分かった。まさに 私の先生の教えなのだ。

と言うことで ダンスのレベルがどうであろうと・・ 踊ってて たのしけりゃ~ 全てマル と言う事なのだ。

私は ここブエノスアイレスで タクシーダンサーと言うレベルの男に 4回当たっている。 一瞬にそいつが タクシーダンサーだと言うのが 見破る事が出来る。 最初に当たった時は なんとラッキーな! なんと 夢心地に踊れるだろうか・・! と 心が抑揚した・・。

が・・何人とも踊っていると・・ 詰まらなく感じる様になって来た。 そして タクシーダンサーとおどっても おもろく無い・・と言うのにも気付く。

つまり 踊りが 商売なので・・ 相手が 「ま~! すてき~! あなたと踊れて光栄だわ~!」と言わせるダンスをする・・。 そこに パートナーダンスの醍醐味・・つまり 音楽で二人の心が一体化し・・踊りも一体化した時の 高揚感ってのが無いのだ・・。

ま~ そう簡単に 誰とでも 興奮するような一体感を覚える訳ではないのだけれど・・。 とりあえず 誰でも 必死で 相手に合わせて 心と体の融合感を味わいたいと言う気持ちは 伝わって来る。

だから レベルはどうあれ・・ 楽しいのだ・・。

そして まだ そんなに 何人もの人と踊った訳ではないのだが・・ これだ~! これが タンゴと言うのもなのでは! と思う人と数人出くわした。

そんな人は もう 一曲目から 感じる・・。 一人の相手と3曲踊るのが Milongaでのルールだ。 曲も3曲をひと塊として 流される。 それを 一タンダと言う。

つまり 相手が決まって踊るとしたら 最低3曲はその人と踊る事になる。 大体一曲目で 相手の出方を見る・・二曲目で 大凡の相手のレベル 踊り方を把握・・ そして それを 目いっぱい使って 二人の踊りを融合させ・・一体感を完成させる。

三曲目は もう 二人の魂と流れる音楽が完全に一つになり・・踊っているという意識はない・・ほとんど トランス状態になり・・・魂がぶっ飛んでしまう。

そうなると ほとんどベッタリとくっついている頭とか 顔とかの汗もベタベタ・・時々 汗がポタポタと 頭から流れて 顎から 落ちる。 汗でネチャネチャしようと・・ベタベタしようと お互いに もう そんなこたぁ~ しったこっちゃ~無い。

曲が終わり・・お互いの汗とか 髪の毛とかベタベタと絡みあっててでも トランス状態から 覚めた時は お互いに笑みが零れる。

3曲ある 一つのタンダが 大体10分間なのだが・・ 我らは それを 10分間の関係と呼ぶ。 10分が終われば・・ また 一瞬の内に完全なる 見知らぬ他人に戻る。

それが タンゴの醍醐味だろう・・。


2024年2月18日日曜日

ブエノスアイレスの街

ブエノスアイレスの街を歩いていると 壁に描いてある絵が目を引く。 もう 写真を一々撮る気もなくなるくらい・・・ あっちも こっちも・・。

こんな絵になる様な 街角も あっちにも・・ こっちにも・・。



別に 目掛けて行った所は どこも無い・・。
たまたま 私が借りてる スタジオの 目の前が ショッピング街になっている。
ちょっとあるけば 色んなもんがある・・。


何気に入ったショッピングセンター。
すげ~! ここは美術館? って思える様なしつらえ・・。

中身は 普通のどこにでもある様な店があって・・ 普通どこにでもある様な フードコートがある。

だが・・ 建物や インテリアは 半端なく凄い・・!