2025年6月27日金曜日

フォーク事件

 私が20才代初めの頃 東京のアメリカ大使館で働いている人の家庭に住み込んで ベビーシッターをしていた。

そこの奥さんは 若く とても気さくで 私を完全に家族の一員として扱ってくれた。 

ある日 "Noriko 今度 アメリカ大使館で働いている日本人夫婦二人を 我が家に ディナーパーティーに招待したいんだけど・・ 手伝ってくれる?" と言うので 私は "もちろん!" と 引き受けた。

彼女は 若いと言うのもあって 結構 ナーバスになって 日本人夫婦二組を アメリカ大使として もてなす訳だから 失態があってはならない・・ と 料理の事から 食前酒だの デザートだの 食後のお酒だの・・ 私に色々訊いて来る。

しかし 私だって 田舎の小娘で なんも知らんのだ。 と言うことで とりあえず 二人で 頭を付き合わせて 大体の計画がたった。

二人で料理をして・・ 一応 ディナーパーティーだから サーブするのは 私がして上げる事となった。

料理は もうほとんど出来上がっているし・・ 全ての食器とか 出す物も ただ運ぶまでに 準備が整って お客さんを出迎える事になった。

客が来る 寸前に 奥さんは ドレスに着替える。 彼女は 妊娠8ヶ月ぐらいだったろうか・・ デカイお腹を抱えていた。でも 彼女は 活発に動き回る 元気な妊婦だった。 

食事が始まり 全てが順調に進んでいて・・ チラチラ と奥さんは私に目配せして・・ "上手い具合に回ってるね!" と言うウインクを送って来たりしていた。

その時 一人の日本人の奥さんが フォークをテーブルから落とした。 で 私を呼んだのだ。 でもって 私に 床に転がっている フォークを 拾いなさい・・と言う。

慌てたのが 奥さん! 私は なんとも思って無かったので すぐに 拾って きれいなフォークを台所にとりに行くつもりだった。

が! 奥さんは それを制止した。 "Noriko それは拾わないで!" と私に行ったのだ。 そして あわてて 自分が 立ち上がって 自分自身がそれを拾って 私は彼女と一緒に台所に行った。

奥さんは "もうあなたは 手伝わなくてもいい。 自分のお部屋に行っていいよ。 後は全部自分でするから・・"と 彼女は言う。

私は "でも~・・" と言ったが 彼女は 強く 彼女の意思を通した。

でだ・・・ その後 彼女は デカイ腹を引っさげ・・少し 髪を振り乱し気味で せっせと ホステス役をしつつ テーブルへ 料理を運んだり 済んだお皿を下げたりと 大忙しだった。

私は 気が気ではなかった・・。

で また 事件勃発! 奥さんが 慌てて 私の所に飛んで来た。

"Noriko 彼らみんな 帰っちゃった! まだ 9時よ! デザートも出てないし・・" どうしよう! なんか 私 大失敗した様な気がする・・。

と 私に泣きつく・・。

私は "大丈夫 大丈夫 あなたは 完璧に遂行したと思うよ。 日本人は よその家に 遅くまでいるのは 失礼と言う文化があるから 夜9時以降まで 居るのは 相当失礼にあたるから 帰ったんだよ。" と慰める。

でも 私は 奥さんに フォークを拾わせ オマケに 思い腹を抱えつつ 必死に働かせてしまった 事に 物凄い 罪の意識を感じて・・ いたたまれなくなって 逃げる様に 帰ったのが 解った。

落としたフォークを サーブする人に拾わせると言うのは 私も母親から 習った覚えがある。が! そんなのをするのは イギリスのロイヤルファミリーか それ並の ハイソサエティの人たちの 食事マナーだろう・・。

アメリカ人大使の奥さんは 本当に私の事を 自分の家族としか見ていなかった。 そんな私が 召使い扱いされるのが そして 自分が 私をそう言う立場においやった事が いたたまれなかったのだろう

その彼女の事は 50年以上経った今でも 決して忘れる事は出来ない。


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