先日イギリスの王が亡くなった。 私にとって 彼女の肖像が載っているコインやお札を見て生活した時間が35年にもなるなぁ~~ と想ってしまった。たぶん まだまだ 彼女の肖像をみながらの生活は ずっと続くだろう。
だが 私がイギリスに所属している訳では無い。
33年間 日本人の私が ニュージーランドに住み・・もう 頑張って イギリス文化・慣習・社会の環境で無理するのに疲れた・・と思う様になった。
もし 日本人の私が 日本国の中に入り 日本の文化・習慣・社会環境に入れば どんなに楽か。 そして 自然に 生活ができるのではないか?
もし そうであれば もう ニュージーランドを捨てて 日本に戻ってもいい・・とさえ思う様になった。 そして 日本に渡航。
そこで 三か月過ごして・・その考えは 完全に違うのに気付く。
つまり 私はニュージーランドに所属もしてないし・・ 日本人だから日本に住めば日本に所属しているのだと思っていたのが 完全に違っているのに気付く。
33年前 なぜ 日本を捨てて ニュージーランドに渡り そこで移住して・・ ニュージーランドの市民権まで取得して・・日本には観光以外では二度と戻る事は無い・・つまり私は日本には所属できないから・・・と想っていた事を 思い出した。
つまり 私は どこにも所属していなかったのだ。 自分の居場所を 探し求めて 今まで過ごして来たが・・ 結局自分の居場所なんて ないのだ。
でも 自分の居場所と思える所が無いのは どんなにか 寂しい事か。 そして どんなにか無機質な生活になるかと思う。
そして 気付いたのが 私のタンゴの先生の言葉だ。 いつも言われる言葉 ”自分になれ” ”自分を信じろ” 自分を意識しないと 何も始まらないのだ。
ダンスレッスンの初めにいつも言われるのが ”自分はどこにいる?” それを意識してダンスをしろと言われる。
私は無意識の内に自分を忘れて 自分がいかに外からいい様に見られたいか? だけがすべてになってしまう。
そうなると 自分を否定することになるし・・ 自分に対しての自身も失うし・・ 自分を許す事が出来なくなってしまう。
もう少し 自分を認めてあげて 自分はこれでいいのだ!! と言い聞かせなければいけないのだ。
今までの私の人生は 自分の欠点を探す作業の連続だったのかもしれない。 だから 自分を認めてあげるのは至難の業なのだ。
私のダンスの先生は 言葉を続ける・・
”お前はすでに ちゃんとできるツールをたくさん持っている。 それを引き出して 有効に使う為には 自分を認める事なのだ”
というのだ。
そっか~~・・そんな事 今までの人生で考えた事もなかった。
自分自身を認め・・たくさん持っている人生のツールを無駄なく引き出して使う・・ ここに自分の居場所があるのかもしれない。
他の言葉で言えば ”無になる” と言う事かもしれない。
先生が その言葉を私に言ってから 「もう一曲 頭を空にして踊れ」と言って彼と踊る。
そして ダンスの終わりに 彼が言う
「それだ!! 自然の動きで ダンスが曲に乗り 前とは全く違ったダンスになった」と言われた。
彼が昔私に言った言葉。
僕は南米から来て 色も黒い 背も小さい・・家が貧しく育った。 父親はアル中で家庭内暴力は当たり前。 世界中でダンスをしながら 今ニュージーランドに辿り着いた。自分が所属している所は 自分。
彼は43歳。毎日が目が回る程 スケジュールいっぱいで 生き生きして 自由に生きている。 しょっちゅうやけくそになる。 しょっちゅう悪い事ばかり起こる。 でも何があっても笑うんだ!と彼は言う。そして 彼は前を向いているのだ。
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